戦神の後継者
主な登場人物

第8章 戦場と友達と

 火星の第2衛星植民都市で小規模な都市部テロが頻発し、沈静化のために国連軍ベストレスチームが派遣された。ベストレスチームは地球上および地球圏コロニーを所轄とする組織で、主に区(エリア)をまたぐ大規模事件やコロニーにおける争乱の鎮圧を主な任務である。また自治州を単位とするカントリー・チームの上位組織に相当し、一般的なリクルート経路で就職することのできる最強の軍事組織でもある。チームメンバーは身体の30〜60%を機械化しているが、セントラルチームメンバーと異なり合法的手術を行うために元の肉体は最長10年間保存され、退役後は生身に戻ることも可能になっている。
 当初はベストレスチームで完遂できる予定の作戦であったが、テロ組織の中心が農村部にあり村に隠れられると一般農民と区別がつかなくなるため、チームメンバーの安全を優先させるとテロリスト殲滅が困難な状況に陥った。そこでセントラルチームに協力要請がきたのだった。
 本来異なるチームが混合して作戦活動を行うことは少ない。それぞれに作戦遂行方法が異なるため、効率良く作戦を実施することが難しい。そして最大の難点はセントラルチームの秘密主義にある。同じ国連軍といえども、他チームにセントラルチームの装備などは知らされない。これが共同戦線をはることを拒んでいた。
 今回の作戦も共同戦線というよりも、ベストレスチームの作戦内の一部にセントラルチームが参加するという形で、その部分に限っては完全にセントラルチームの主導権が確立されていた。役割をはっきりと明示しないと、異なる性質をもつ軍事組織は共存できないのである。

 

 セントラルチームからは私とフィリシー、ロストフの3人が派遣された。作戦に従い、私たちはテロリストたちが潜伏しているという村に近づいた。ロシア帝国時代の農奴のような貧村で、耕作地は広大であるが近年の天候不良により農作物の出来が著しく悪かった。家畜の餌まで賄えなくなったのか、廃屋となった畜舎があちこちに見られた。
「確かこのあたりはロシア系の人が多いって聞いているけど」
 私は遠征仲間のロストフに話しかけた。彼自身もロシア系で、今回の作戦には当初からあまり乗り気ではなく、険しい顔をして歩いていた。
「そうなんだよ。環境の厳しいシベリア東部出身者が多くてな、期待をもってこの星にやってきたのに故郷よりひどいこの有り様じゃ、反乱のひとつもしたくなるだろうさ」
ロストフは吐き出すように言った。
「おいおい、今回はテロ側に味方するのかよ。やめとけやめとけ」
 つまらなそうに、フィリシーが出てきた。
「そんなこと出来るわけがないだろ。オレだって一応政府側の人間だぜ、感情と仕事はまた別の話だ」
 村には過激派一味のほか、まだ一般住民も残っているようだった。おそらく総攻撃を避けるための人質にされているのだろう。セントラルチームの任務はこの村に立てこもっているテロリストを捕獲もしくは殲滅することだが、このままでは関係のない人たちまで戦闘に巻き込まれてしまう。
 しばらくすると、数人の女性たちが村に入っていくのが見えた。
「ベストレスチームのやつらじゃないか。何するつもりだ?」
 いぶかるフィリシーにロストフが言った。
「今回はベストレスチームと共同作戦だろ。作戦会議を聞いていなかったのか?」
「そうじゃなくて、あいつら丸腰じゃないか。あれじゃ殺してくれと言っているようなものだ。一体ベストレスチームの司令官は何を考えているんだ」
 フィリシーはベストレスチームの彼女たちを援護するために出ようとしたが、どうも彼女たちの行動が妙だった。あちこちに見え隠れする武装した男たちも攻撃の様子をみせない。
「ちょっと待って!ほら、住民たちを誘導している」
 彼女たちは、難民管理センターの職員を装って非武装民を村から出してしまう腹積もりだったのだ。大きな混乱もなく、住民たちは国連が勢力を確保している地域へと移動していき、村はいっそう静けさを増した。そして数分後、ベストレスチームから村に残っているのはテロリストだけという報告を受けた。
「さて、やっとオレたちの出番ってところか」
 フィリシーは最終確認を済ませると、遠距離用のビームライフルを持ち上げた。私は少しばかり不思議に思った。
「ここから遠距離攻撃をするつもり?いくらフィリシーの腕がいいからってテロリストがここから全員見えるわけじゃないのよ」
「狙撃で全て済めば楽だけど、まぁそういうわけにもいかないし。少しでも近接戦の手間を軽くしようと思ってな」
「どういうこと?狙撃をすれば、私たちが攻撃を仕掛けることが相手に伝わって、先制攻撃の意味が減少するわ」
「そんなことはない。武器を持っているやつらは村内に分散している。一人ずつ片付けても、兵力を集中させる時間的余裕はないさ」
 納得がいかずに、さらに質問を重ねようとする私に、ロストフが私の肩を軽く叩いた。
「今回は住民たちの今後の生活のために、建物の破壊は最小限に抑えなければならない。それに白兵戦にしてあちこち血だらけにしたら、戻ってきた住民が恐がるだろ。第一、後始末も大変だ」
 ロストフがにっと笑っていった。
「それとも、剣術使いのアイシャーさんはソードの方が好みかい?」
「誰が剣術使いなのよ!私が血みるのは嫌いだって知っているでしょ」
 今回もおそらくダミーシステムを発動されるだろうが、非戦闘員がいないのは幸いだった。操られている私はきっと誰かまわず殺してしまうに違いないから。

 戦闘自体は30分もかからなかった。敵側10人程が命をうばわれ、残りはすぐに投降してきた。テロリストとはいえ構成員は地域の農民がほとんどだった。おそらくこの程度ならセントラルチームが関わるほどのことではなかったかもしれない。しかし、命令されればどんな些細なことでも実行しなければならないのが末端兵士の辛い所だ。
 作戦終了の報告にベストレスチームの作戦本部に戻ると、私たちの前に一人の女性がやってきた。
「セントラルチームの方ですね、ごくろうさまです。後の始末はベストレスチームで行いますので、この書類にサインをお願いします」
 代表でロストフが書類にサインをしている間、どうも私はこの彼女に見覚えを感じて仕方がなかった。
(この人、誰かに似ている。でも、国連軍で働いている知り合いなんて…)
 私はふと、彼女が胸に付けているIDカードを見た。
「名前は、HAYASHI RINA…、あーっ、りな!」
 全てがはっきりした私は驚いて声をあげた。中学校時代、仲の良かった友達の林利奈だったのだ。
「え?どうかしたんですか、急に。確かに私の名前は利奈ですけど」
 利奈はきょとんとした顔で私を見た。私を忘れているとは思えないが、たぶん目の前にいるセントラルチームメンバーが友達だなんて夢にも思っていないだろう。
「私、中学でずっと一緒だった原田晶子だけど。覚えてないかな」
「原田って…?」
 彼女は目を丸くして私を見つめた。きっと記憶が混乱しているに違いない。
「もしかして晶子ちゃん? でも晶子ちゃんは今大学生のはず…」
 私は頭からヘルメットを取り、まとめていた髪をほどいた。昔から髪は長かったから、これなら利奈も信じるはずだ。
「見慣れない格好しているから、わからない?」
「本当に晶子ちゃんなの? でも、どうしてセントラルチームにいるの?」
「りなだって、どうしてここにいるのよ」
 お互い意外な場所で意外な立場で再会したことに、驚きを隠せなかった。
「なんだ、知り合いか?」
 後ろからフィリシーが言った。
「今は作戦終了でごたごたしているから、話すなら後にした方がいいぜ。どうせベストレスチームの船で帰るんだから、そこで話せばいいじゃねえか」
 ふと我に返った利奈は私に言った。
「帰りの船で晶子ちゃんの部屋にいくわ、そこで待ってて」
 ロストフがサインを終えた書類を利奈に渡すと、彼女は忙しそうに去っていった。その後ろ姿を見ながら私はちょっと後悔してしまった。自分がセントラルチームにいることなんて誰にも知られたくなかったのに、自分から友達にばらしてしまった。黙っていれば、いくら物覚えのよい利奈でも私だとは気づかないはずだった。もっとも彼女もベストレスチームに属しているのならサイボーグなのはお互い様、いくらかは理解してもらえるかもしれないと淡い期待を抱くしかなかった。

 国連軍がこの火星の植民星から撤退したのはそれから5時間後だった。母艦が宇宙空間に出てしまえば、実戦担当のセントラルチーム・メンバーに仕事はない。私たちは与えられた一室で退屈しかけていた。
「惑星間テレポート出来ればすぐ本部に戻れるのに。ワープ航法ができる高速艦とはいえ面倒なことだな」
 フィリシーは銃を研きながらぼやいた。他にやることがなかったのだ。離れていく火星をぼんやりと眺めながら、私は反射的に答えを返した。
「そんなことが出来るようになったら、もっとこき使われるかもよ」
「それは困るな」
 現地への輸送機関を考えなくてもいいのだから、これほど便利な兵器はあるまい。前線に補給などの本拠地を築く必要がないし、奇襲攻撃もしやすくなる。そして機動性に優れるセントラルチームはますます活動範囲を拡大させられるというわけだ。
 うんざりした顔の私たちの間に、ベッドの上で横になっていたロストフが話題を変えて入ってきた。
「それにしても、今回は楽だったな。民間人がいると人質にとられたりして、一般的にやりにくくなるものだが、ベストレスチームが作戦地域の住民を避難させてくれたおかげで助かったよ。合同作戦もたまにはいいこともあるな」
「いつもは指揮系統の統一やらとかで相手チームと衝突したりすることが多いんだが。今回は司令官が替わったのかい?」
 フィリシーは喧嘩っ早いからすぐ他人と衝突する。過去にフィリシーと作戦行動をとったベストレスチームの面々はさぞや大変だっただろう。
「今回の司令官はリスキー中将よ。作戦打ち合わせの時に会ったじゃない」
「ああ、あの穏健派の人か。だから突入はオレたちに一任させてくれたのか」
「きっと住民避難命令もきっとあの人の作戦なのよ」
 そのとき、ドアフォンが鳴り来客を知らせるランプがともった。
「もしかしたら、あのベストレスチームのお嬢さんじゃないか」
「そうね、私が出るわ」
 ドアを開けると、やはり利奈が不安そうな顔で立っていた。私は彼女の不安を解消すべく、出来うる限りの笑顔を作って言った。
「いらっしゃい、りな。来てくれて嬉しい」
 彼女の顔には、まだ半信半疑の気持ちが残っているようだった。
「本当に晶子ちゃんよね、冗談じゃないよね。」
「当たり前じゃない。そんなところに立ってないで、中においでよ」
「でも…」
 利奈は何に遠慮しているのか、なかなか入って来なかった。
「どうしたのよ。ベストレスチームじゃセントラルチームの控え室に入っちゃいけないって言われている訳じゃないでしょ」
 読書中のロストフが、本から目を話さずに私に言った。
「オレやフィリシーがいるから、彼女、恐がっているんだろう。セントラルチームは評判が悪いからな」
「何で評判悪いのよ!私たち何か悪いことしてる?」
「じゃ、アイシャーが逆の立場だったらどうするよ?セントラルチームメンバーがたまっている部屋に1人で入れるか?」
「…入れない」
「な、そういうことなんだよ。展望室とか、どこか別のところに行った方がいい」

 私と利奈はパノラマ展望室にやってきた。壁と天井が巨大な強化ガラスで、船内にいながら宇宙空間にいるような感覚になる場所である。任務の帰途であり疲れている人が多いせいか、ロストフの言うとおり人影はほとんどなかった。私たちは壁際のソファに座った。
「こうしてみると、やっぱり晶子ちゃんだ。あんな所で会うなんて想像もしてなかったから、私混乱しちゃって」
 利奈の顔にふっと笑顔が戻った。彼女はすっかり大人っぽくなったが、子供の頃の面影はまだ残っていた。
「どこかでみたことある顔だなあ、って思ったんだ。でもネームプレートみなきゃ、りなだって分からなかったと思うよ」
「重装備のセントラルチームメンバーに”りな”なんて呼ばれるんだもん。最初からかわれているのかと思ったわ」
「りなったら疑い深いんだから。いくらなんでもベストレスチームの人だましたって何の得にもならないよ。それにしても、よく私と会う時間作ってくれたね」
「今ちょうど交代時間で、フリーなの。セントラルチームの人と会うなんて言ったら、みんなに不思議がられちゃった。本当は控え室訪ねるのもちょっと勇気がいったんだけどね」
「セントラルチームだって国連軍の中の一組織にすぎないのに」
「だって、高度の科学力と最強の軍事力を持つチームでしょ。チームメンバーっていったら身体のほとんど機械にして……あ、気に障ったらごめん」
「平気よ。本当のことだし、私もだいぶ慣れてきたからね」
 私たちはお互いに本当に聞きたい事をなかなか言い出せずにいた。一瞬沈黙が走ったあと、利奈が先にしゃべりだした。
「ねえ、聞いてもいい?晶子ちゃんがセントラルチームにいる訳。だって、一般募集はしていないはずだもの。他のチームから選んでいるって話も聞かないし」
 利奈が不思議がるのももっともだ。ベストレスチームまでは普通、募集の告示があった後、志願書を自分の国にある支部に提出して、適性検査や予備訓練を経て初めて採用にいたる。それに比べると、セントラルチームの採用方法は不透明極まりなかった。
「それが、私もいまいち分からないのよね」
「分からないって?」
「私平凡な人間だと思っていたのに、適性があるからって有無を言わないうちにこの身体にされちゃったのよ。他のメンバーだってそれぞれ別のいきさつがあるし、同じルートで入ったわけじゃないから」
「早い話、スカウトされたってこと?それって、すごいよ!だって最強部隊のセントラルチームだよ、うちのチームだって入りたい人結構いるのに」
 それは私も聞いている。軍内の式典に出席させられたときは、一般兵士からの羨望と嫉妬の眼差しで見られたものだった。その時はちょっぴり優越感に浸ることはあっても、やはり私は今の自分に誇りを持つことができないでいる。
「もしかして、りなもセントラルチームメンバーやりたい?」
「私は別に今のままで十分だから、遠慮しとくわ。もしかして晶子ちゃんって機械体の適応率すごくいいの?。私は70だけど」
「私?…98」
 それを聞いて、利奈は一瞬声を失った。適応率80以上の人間は地球の全人口の1%もいないのに、それをはるかに越える数字だからだ。それに利奈の数値も決して低い数字ではない。国連軍軍人の平均が60であることを考えれば、70もあればベストレスチームでは十分である。
「98って、晶子ちゃんも私もスペースノイドじゃなくて普通の地上人でしょ、そんな数字でるわけないじゃない。いくらなんでも高すぎるよ」
「だけど、科学局がそう言うなら信じるしかないし」
「それじゃ、潜在戦闘能力ってヤツも結構あるんじゃない?」
「りなはどれくらいなの?」
「私はB+かな。平均よりちょっと高いくらいだけど」
「そうだよね、普通はそれくらいだよね。私いくつくらいだと思う?」
「晶子ちゃんは優しいから、たぶん私と同じくらいじゃない?でも、セントラルチームにいるんだからAくらいあるかなあ」
「私ね、A++なんだってさ」
 利奈はさきほど以上に驚き、そして不審と恐れの混じった目で私を見た。本当のことを言えばそう見られることは分かっていたけれども、やはり友達にそのような態度をとられると少し辛い。
「うそ!そんな人めったにいないはずだよ!それに晶子ちゃんがそんな好戦的傾向持つなんて信じられない」
「私だって嫌だよ、そんな数値高くてもちっとも嬉しくないんだから」
 私の方こそ選ばれた理由が知りたいのだ。サイボーグ体への適応率が高くて、潜在戦闘能力があって、だからといって勝手に人間を戦闘マシンもどきに出来る法なんて、人権無視も甚だしいかぎりだ。もっとも、今の私に一般市民並の人権が保証されているかどうかは怪しいのだが。
「晶子ちゃん、本当にセントラルチーム向きの体質持っているんだ。それじゃスカウトされてもおかしくないよ」
「りなまでそんなこというの?」
「昔は男子とよく張り合っていたし、気が強い所もあるし、それ考えたら素質はあるんだよ、やっぱり」
「それとこれとは話が別よ。あの頃は本気で相手を倒そうなんて思っていなかったし、そもそも子供の喧嘩じゃ誰も死なないもん。誰が好き好んで人殺しの道具なんかに…」
 私と利奈の間に一瞬沈黙が走った。今私たちがいる状況はまさに、その人殺しの戦争帰りなのだから。
「そうだよね。どんな理由付けたって戦争は人と人の殺し合いにすぎないよね」
 利奈は少し悲しげな顔をしてうつむいた。初めて見る彼女の表情だった。私は彼女の様子をそっと伺いながら尋ねた。
「りな、何でベストレスチームに志願したの?私、りなが軍人になるなんて思わなかったよ」
「そっか、晶子ちゃんとは高校が別だったから、あの事知らなかったんだ」
 利奈の表情がさらに暗くなったのを見て、私はあわてて言った。
「訳ありだったら別に無理に話さなくてもいいから」
「大丈夫。晶子ちゃんに辛いこと言わせちゃったんだから、私も言わないと」
 彼女は何かをふっきるように無理に明るい調子の声をだした。
「私ね、高校生の時強姦されそうになったことがあるの」
 初めて聞く事実だった。私は一瞬言葉を失った。
「誰よ、そんな酷いことしたの!」
「相手は酔っぱらいのカントリーチームの隊員。たまたまパトロール中の警官にすぐ助けてもらったから良かったけど」
 カントリーチームは国連軍が創立され、各国の軍隊が解体された後の各国地域を守備範囲とする組織だ。しかしベストレスチームやセントラルチームと違って適性基準は比較的低いため、心と身体の不適応を起こすものが出る率は高く、最近では風紀の乱れが問題化しつつある職場でもあった。
「カントリーチームの一部の違法行為問題は私も聞いたことがある。一般市民に迷惑かけるなんて、とんでもない奴等よね」
「私は今でもあいつらを絶対に許さない。一般市民を守るべき軍人が市民を恐怖に陥れるなんて!あいつらより強い力が欲しかった。だからベストレスチームに志願したのよ。弱い女の肉体なんて全部捨ててしまいたかったけど、そうもいかないからさ」
「そうだったんだ。りなって強いんだね。」
 結果的には強姦は未遂に終わったものの、利奈の心には深い傷が残ったのだった。忌まわしい思い出を打ち消すために肉体を改造する道を選んだとしても無理もない話だった。
「でも、今はちょっと後悔してる」
「なんで?今のりなだったらカントリーチームのちんぴら隊員なんかよりずっと強いじゃん」
「確かにね、最初は見つけだして復讐してやるつもりだった。でも、その私が今してることって、あいつらとあんまり変わらないってことに気が付いたの」
「そんなことないよ、国連軍の紛争介入は犯罪じゃないし」
「私、遠征は今回初めてで。今までは本部にいたから現場のことは聞いていても単に事務処理の対象でしかなかったんだ。だから現場に行っても別にたいしたことはない、仕事が変わるだけだって思ってた」
 利奈の戸惑いはよくわかる。私が疑似界に入った時の気持ちと同じだから。
「でも、望遠カメラでモニターしていたの見て分かった。私、現場があんなに血生臭い物だなんて認識してなかった。セントラルチームってやっぱりすごいよ、晶子ちゃんがあんな戦い方出来るんだもん。さすが国連軍最強の特殊部隊よね」
「見ていたの。嫌なとこ見られちゃったな」
「まじめで優しかった晶子ちゃんが、まさか、こんな…」
 彼女は口ごもった。言いにくいことを思っていることくらい、人の気持ちを察するのに疎い私でも分かる。
「まさか、私がこんな戦闘兵器になっているって思わなかったでしょ」
「そんなこと晶子ちゃんに言える資格は私にはないわ。私だって戦争に荷担していることには変わりないんだから。今回だって何人ものテロリストが死んだのを見たわ。人の命を取ってまで果たす平和って何だろうって、思っちゃって。こんなの、私を襲ったあいつらがやったことと変わりがないんじゃないかって…」
 利奈が罪の意識に悩む姿に、ちょっと前の自分がだぶって見えた。私は利奈の手をぎゅっと握って言った。
「自分をせめちゃ駄目だよ。実際に手を下したのは私たち、りなは悩むことなんかない」
「でも、これは本来ベストレスチームの仕事だから。セントラルチームには応援を頼んだだけで…」
「戦うためのセントラルチームよ。りなたちのおかげで今回は殺傷も少なくてすんだわ、このことはすごく感謝している」
「晶子ちゃんは自分で手を下しておいて、なんでそんなに冷静でいられるの?セントラルチームメンバーになって、晶子ちゃんも昔とは変わっちゃったんだ…」
 利奈の言葉は私の心に大きな衝撃を与えた。友達だけは分かってくれる、そんなことはただの幻想に過ぎなかった。私はすっと立つと、窓ガラスに手をついてうつむいた。
「ばか… 平気なわけないじゃない」
 このまま手に力を入れるとガラスが割れてしまうんじゃないかと思えるくらいぐっと手を押しつけた。
「身体が変わってしまったこと以外、何も変わってなんかないよ。でも、私には原田晶子の他にセントラルチームのアイシャーとしての役割があるから、その義務は全うしなくちゃいけない。そうじゃないと私は生存を許されないから…」
 私は振り向いて、利奈の目をじっと見つめた。
「理由はどうであれ、私は軍人になったんだから戦争に行くのは当然だし、戦闘で人を殺すこともあるって無理矢理自分を納得させているんだよ。りなだって半分は機械体をもつ軍人ならこんな当然なことわかっているはずじゃない」
 利奈に対してこんなきついことを言うつもりはなかった。ただ、機械化されているとはいえ、生身の身体を持ち、元の身体に戻れるチャンスがある彼女が弱気になることに嫉妬を感じていたのかもしれない。利奈は急に目に涙を浮かべて、わっと私に寄り掛かってきた。
「ごめんね、晶子ちゃん、ごめんね。こんな仕事しているんだから、冷静でいなきゃいけないのは当然なのに、あんなこと言っちゃって。私ってやっぱり軍人なんて向いてないのかな」
 私は利奈を抱き抱えたまま言った。
「りなの迷いは誰だって持つよ。セントラルチームの戦い方を見れば、誰だってショック受けると思う。当の私だって最初はそうだったんだから。自分もこんな風に戦わなくてはならないなんて知った時は途方にくれちゃったよ。でもね、今の私は冷静さを保てるように脳の一部に手がいれられているから、現場でも平気なのは当然なの」
「脳って、じゃ晶子ちゃんの身体は本当に…」
「オリジナルは中枢神経残してみんな取られちゃったわ。補助人工脳でこの身体を制御してるってわけ」
 利奈はそっと私の髪に手を触れた。
「りなが触れられるところはみんな造り物、ほとんどアンドロイドよね、私。以前の身体の物なんて、どこにも、残ってなんかないの…」
「でも、晶子ちゃんの気持ちはすごく暖かいわ」
 外を見ると、星の流れが急に早くなっていた。そろそろワープ航行に入るのだろう。ワープ航行中は生身の人間ならば、特殊カプセルに入るか、特別な装置の付いたシートに座らないといけないが、サイボーグ体を持つ私と利奈には関係なかった。泣き止み、落ちついた利奈は私に言った。
「私、このままベストレスチームでやっていけると思う?」
 同じ質問を私の方こそ利奈に聞きたかった。ただ、そんなこと聞いても結論は一つしかないことは十分知っている。元の生身の身体に戻れない以上、セントラルチームメンバーとして生きていく他に選択はない。しかし、ダミーシステムの力を借りないと戦うことができないなんて、私にサイボーグ兵としての存在価値があるのだろうか。利奈にアドバイスが出来るほど私は自分に自信を持っているわけではないのだ。
「結論を出すのはまだ早いよ。もう少し様子見てからでもいいんじゃないかな。それから配置転換の希望だすとか、再手術してもとの身体に戻るか決めても遅くないと思うよ」
「そうだね。ありがとう、晶子ちゃん。残酷なこと言わせちゃって」
「え?」
「セントラルチームメンバーは生身の身体に戻れないって…」
「りな、知ってたんだ」
「それなのに、私ったら自分の事ばかり考えて…」
「気にしないで。私はりなの悩みが少しでも減ってくれればそれでいいから」
「晶子ちゃん!」
「別にこの身体に満足している訳じゃないけど、私がならなかったら別の人が今の私と同じ思いをするんだし。私がセントラルチームメンバーになることで少なくとも1人の人生は守れるなら、それでいいかなって思っている。」
「優しいんだね。本当、昔と変わってないね」
それは優しさではない。自分の存在意義を納得するための言い訳に過ぎないのだ。

 シャトルは地球に向かう途中でセントラルチーム本部基地に寄港し、そこで私たちチームメンバーはシャトルを降りた。普段誰も見送りなどには出てこないが、今回は利奈が再び来てくれた。そして別れ際に、彼女は私にこう言った。
「私、もう少し頑張ってみるつもり。だって、同じ世界に晶子ちゃんもいるって思うと、なんだか勇気づけられたような気がするから」
「私もよ、りな。あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何?」
「私がセントラルチームにいるってこと、他の人にしゃべらないでいてくれる?」
 利奈はにっと笑って言った。
「わかってるって。上司からも言われたのよ。『セントラルチームの任務を妨害するようなことをすると、殺されても文句は言えないぞ』ってね」
 私は苦笑いをするしかなかった。確かに任務妨害者を排除する権限を私たちは持っている。しかし、実際に発動するのは戦場で利敵行為をされるとこちら側に甚大な被害が予想される時くらいであって、むやみやたらに殺すことが許されるわけではない。
「戻ったら晶子ちゃんにメール入れるよ。アドレス教えてくれる?」
 利奈はポケットから端末を出した。番号を入力しながら私は言った。
「りなのアドレスは昔と同じ?」
「実家のはね。今は基地に住んでいるから、そこのアドレス教えておくよ」
 利奈は1枚のカードを私にくれた。
「すごいね、名刺持っているなんて」
「社会人だもん、当たり前だよ。晶子ちゃんは作っていないの?」
 そのセリフを聞いた瞬間、私たちセントラルチーム側から小さな苦笑がもれた。
「存在自体トップシークレット扱いの特殊部隊の戦闘要員が、さすがに名刺はね。このアドレスだってプライベート用だよ」
 ハッチが閉じられ、シャトルは出航していった。ベストレスチームの本部基地は地球にある。本当は地球まで乗って行きたいところなのだが、さすがに直帰というわけにもいかないし、セントラルチームの戦闘装備のまま、ベストレスチームの基地に事前連絡もなしに行ったら、どんな目でみられるかわかったものではない。
「アイシャーは物わかりのいい友達を持って幸せだな」
 歩きながら、フィリシーは言った。
「どういうこと?」
「国連軍の中でも、オレたちをただの高性能の兵器だとしか見ない奴は多いのに、アイシャーの友達はセントラルチームの戦闘状況を見たにも関わらず、アイシャーを今まで通りの友人として見てくれた。それは、珍しいことなんだよ」
 私はフィリシーの顔に一瞬寂しげな表情が浮かんだのを見た。過去に彼に何があったのかは私には知る由もなかった。


レステリア 目次 トロピカル・アイランド(その1)