戦神の後継者
主な登場人物

第9章 トロピカル・アイランド(その1)

 大学は前期授業が終了し、夏休みに入ろうとしていた。研究室で飼っている実験動物に餌をあげていたところに、院生の争田さんが声をかけてきた。
「なあ、原田っちゃん。毎年恒例の夏合宿やけどな、どこがええ?」
 この研究室では、毎年8月末に親睦を兼ねた合宿が行われている。今年の幹事は争田さんで、4月から各地の観光地のパンフレットを取り寄せては、どこにしようかと頭を抱えていた。
「どこがいいって、毎年筑波じゃないですか」
「正直言って、オレもう筑波は飽きたねん。学部生の時から数えて3回同じとこに行っとるんやで、いいかげん違う場所にしたいんや」
 そんな話を知ってか、隣の部屋から4年の坂嶋がにやにやしながら入ってきた。
「争田さん、原田さん、合宿の相談ですか?」
「今年はオレが幹事やからな、なんかええアイディアあらへん?」
「だったら、どーんと豪華にコロニーに行きませんか」
「コロニー?」
 彼の突拍子もない申し出に、私も争田さんもあっけに取られた。
「コロニーって、またデカく出たもんやな」
「最近サマーコロニーの近くにトロピカル・アイランドが出来たじゃないですか。そこなんかいいと思いますけど」
「知ってる、知ってる。今話題の海洋リゾートだよね。私も一度行ってみたいって思ってるんだ」
 私の浮かれた気分に対して、争田さんは苦い顔をして言った。
「あのな、坂嶋。そこ行くためのシャトル乗るのに、いくらかかると思ってるんや?みんなそんなにお金持ってねえへんで」
 争田さんが心配するのももっともだった。近年シャトルの運賃が安くなってきたとはいえ、地球に住む庶民にとってまだ宇宙旅行は気軽に行けるものではない。
「お金のことだったら心配ありません。僕に任せて下さい」
 トロピカル・アイランド行きの提案者は自信たっぷりに答えた。
「任せろって、当てあるの?借金で首がまわらないって言っていたくせに」
「へへへへ、やだなあ原田さん、僕を見くびっては困りますよ」
 坂嶋くんは意味有げな声をだして笑った。
「争田さんは競馬やるから知ってますよね、こないだのダービー」
「ああ、ウルトラ大穴がでたやつやろ、オレもあれにはやられてすっからかんや。…もしや坂嶋、お前!」
「当てたんですよ、僕。争田さんにたかられると思って黙っていたんですけど」
「ちょっと待てや。たしかあの当たり馬券は2枚だけって言ってたやんか。それに当てた奴TVに出てたで」
「残り1枚が僕だったんです。どうせ争田さんに借りたお金で当てたんですから、独り占めはやっぱり気が引けて」
「見直したで、坂嶋。ただの借金王かと思うてたけど、ほんまお前いい奴や!」
 大喜びの争田さんはうれしさのあまり坂嶋の背中をバンと景気よくたたき、その勢いでふらついた坂嶋がテーブルにふらついた時に争田さんの「特製ジュース」をこぼしてしまったのだが、そんなことは小さいことだと製造者は怒りもしなかった。そして早速トロピカル・アイランド行きの計画を坂嶋と立て始めた。仕事でなくてもコロニーに行ける、そう思うと私も嬉しかった。
 ただ、目的地のリゾート島が最近政情不安定なサマーコロニーの領内にあるのが気にかかる。司令もそのうち出動要請が出るかもしれないと言っていたくらいなのだから。今は合宿の最中に呼び出しがかからないことを祈るばかりだった。

「何?トロピカル・アイランドへ行くから今月末に休暇が欲しいって?」
 私からの休暇申請にライズ司令は呆れたような顔をして言った。予約をするのが遅かったので、たまたま団体のキャンセルがあった7月末にしか取れなかったのだ。無理を承知で休暇の申請をしたのだが、返ってきた返事は予想の範囲内のものだった。
「長期休暇は1か月前までに申請することになっているだろう。今回は無理だな」
「それは十分わかっています。だからこそ、こうしてお願いに…」
「研究活動ならともかく、そんな遊びに許可はだせん」
「遊びじゃないですよ。研究室の合宿です」
「同じことだろうが。規律は守るためにある。そのことを軍人であるお前が分からないで訳でもあるまい」
 受け入れられないことは分かっていた。がっかりして司令官室から出ようとすると、司令が私を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、司令がにやりとして言った。
「まぁ待て。トロピカル・アイランドに行きたいと言ったな。そこを管轄しているサマーコロニーから、テロリストの本拠地が防衛隊の追撃を避けるためにリゾート島に移ったという情報が入っている。アイシャーがそのミッションに参加するなら、休暇をやろう。作戦開始日は予約日より3日前だから不都合はなかろう?」 
「そんな。私、この間火星植民星のミッションに出たばかりですよ」
「そうか、嫌なら他のヤツに行かせるし、休暇の話はナシだ」
「分かりました。出ます」
 私は渋々ながらも、司令の提案を受け入れた。どのみち、司令官からの命令は拒否出来ない立場なのだから。
「で、今回のパートナーは誰ですか?フィリシーは現在、別の作戦に従事していますが」
「そうだな、リゾート地だから怪しまれない方がいいだろう。ラヌエラをつけよう、任務が終わったら、彼もその合宿とやらに連れていってやれ」

 合宿1週間前つまり作戦開始日の前日、任務と合宿のスケジュール調整のため争田さんに相談をもちかけた。
「争田さん、合宿のことですけど」
 コロニー行きが決まってから、彼は毎日機嫌がいい。ニコニコと振り向いた。
「なんや、原田っちゃん。もちろん合宿は行くんやろ」
「ええ、行きますけど。私、現地集合ってことにしてもらえませんか?」
「現地集合?」
「行きのシャトル代は自分で払いますから」
「現地集合って、コロニーやで。なんでや」
 争田さんが疑問に思うのも無理はなかった。しかし本当の理由を話すわけにはいかない。作戦終了日が延期した場合、地球に戻って宇宙港に行く時間的余裕がないなどは。 さすがに適当な理由が必要だろう。
「トロピカル・アイランドでバイトしている友達が、人手が足りないからちょっと手伝って欲しいっていうんですよ。それが合宿の日の前日までなので、とてもじゃないけど地上に戻る余裕がないんです」
「そんなことかいな、だったらかまへんで。うちらのシャトルが到着する時間に港に来てもらえばええしな」
「あと、もう一つお願いが…」
「まだあるんかいな」
「その友達も合宿に連れてきたいんです。もちろん費用は払いますから」
「そいつ、男か?女か?」
 争田さんが女性を期待しているのは明らかだが、その期待には応えられない。
「残念ながら男です」
「へえ、もしかして原田っちゃんの彼氏か?」
 彼はにやりとして肘で軽くこづいてきた。原田っちゃんも抜け目ないなぁ、いつの間にできたんやと興味津々だ。
「そんな関係じゃないですよ。友達です。ちなみに外国人だけど日本語大丈夫な人なんで」
「ああ、ええわええわ、外人はんでも宇宙人はんでも好きなだけ連れて来るとええわ。大勢いた方が楽しいもんな。費用は心配せんでいいで、坂嶋が意外にもうけてるようやからな」
 私はふっと気になることがあって彼に尋ねた。
「合宿の間、実験中の動物の世話はどうしましょう。冷凍睡眠(コールドスリープ)させておきます?」
「ああそれな、気にせんでええで。中田が行かないゆうてたから頼んどいたわ」
「またですか? 中田さん、せっかくのコロニーなのに」
「あいつもつき合いが悪くなきゃいいヤツなんだけどな。ま、性格だから仕方あらへん」

 

 トロピカル・アイランドを含むサマーコロニー管轄のコロニー群は、セントラルチームの基地から約1時間程度の距離である。私とラヌエラは一般観光者を装って小型艇で入港した。人工島での派手な爆破行為は御法度だし、入国審査で怪しまれるのも困るので、ほとんど武器を持ち込まない作戦である。
 港からリゾート空間に入ると、そこは南の楽園だった。真っ青な空と海、白い砂浜、地球上ではわずかになった自然の複製がそこにはあった。
「すごい綺麗な海!」
 私は波打ち際に走っていった。水の中に手を入れると少し温めの感じがした。海水浴に快適な温度に調整されているのだ。
「ねえ、ラヌエラは水着持ってきた?」
「水着?なんでそんなのがいるんだ」
「せっかくリゾート地に来たのに、用意悪いのね。そのままでいいからちょっと水の中入ってみない?気持ちよさそうだよ」
「ようし、ちょっと待っていろ」
 ラヌエラはシャツを脱いで上半身裸になると、駆け寄ってきた。
「おらあ、波をおこすぞお!」
 彼は思いっきり水を巻き上げた。ある程度はパワー制御してあると言えども、それでもかなり大きな水しぶきが立った。おかげで私は頭からずぶぬれになってしまったのだ。
「やだ、本気にならないでよね」
 私は背後からラヌエラに抱きつき、不意をつかれた彼もろとも水のなかに倒れ込んだ。起きあがって、二人で顔を見合わすと大笑いしてしまった。
「こらあ、アイシャー、オレに奇襲なんかかけるなよ」
「へへへへ、ごめん」
 沖合にマリンスポーツを楽しむ人たちの姿が見える。
「こんなきれいな所で仕事なんて、憂鬱」
「でも、やらなきゃ休暇もらえないんだろ、司令に聞いたぜ」
「そうなの、司令も意地悪なんだから」
「アイシャーを早いとこ一人前にしたいんだろうよ。テロリストの残党程度ならさっさと終わらせて休暇を楽しもうぜ」
 今回の任務は、このリゾート島内にあるというテログループの隠れ家を暴き、壊滅させることだった。しかし、これらのことを観光客には知られないよう、極秘に行わなければならない。リゾート地にとって、安全性は最も要求されることであるが、いったん危険地域と認識されれば信用を回復するにはかなりの時間がかかる。それを、リゾート島を観光資源とする管轄コロニー政府は心配しているのだ。
「まずはアジトを探すのが先決ね。常識からいえば森林地帯にあるのだけど」
「それが妥当な線だな。うまくすれば今日中に任務は終了だ」 
 リゾート島はいわば巨大なプールだから、森林地帯はそう多くはないし、場所も限られている。容易に見つかると踏んでいた私たちであったが、その期待は見事に裏切られた。6時間かけて、しらみつぶしに木々をかき分けて探したのだが、アジトの跡すら見つけられなかった。

 現地時間で20時を過ぎるとあたりは暗くなる。サイボーグの身体であれば暗くても視覚は失われることはないが、他の観光客や管理スタッフたちに怪しまれる恐れがある。何の収穫もないまま、私たちはいったん予約していたコテージにもどることにした。
 ラヌエラがテーブルに地図を広げて、頭をひねっていた。
「アジトが見つからないとはいったいどういうことだ?テロリストが潜伏しているっていうのはガセネタかよ」
 仮にアジトが地下にあるとしても、地下5メートルくらいなら感知することは可能である。コロニーという特殊性を考えると感知外の深さに存在するとは考えにくい。テロリストの集団が50名ほどの中規模であることが報告されているので、市街地に隠れることも難しい。ラヌエラの「ガセネタ」論もあながち冗談とは思えなかった。
「でも、コロニー政府がわざわざ国連に要請するくらいだから、ガセってことはないと思うけど」
「じゃあ、アイシャーはどこが奴等の居場所だというんだ。他に身を隠すところなんかないぞ」
「私に怒らないでよ。森林じゃなかったら、あとは水の中かホテルくらいよ」
「そんな馬鹿なことがあるか!…ん、まてよ」
 ラヌエラは急に立ち上がると、荷物の中からガイドブックを取り出した。
「たしか、ここって海底散歩とかいって、観光用潜水艦があったよな」
「ええ。100人くらい一度に乗せられるのがあるって聞いているけど。」
 私はガイドブックをぱらぱらめくり、該当ページを指差した。全長30mほどの真っ白な最新鋭潜水艦がそこに写っていた。
「それだ!アジトは潜水艦だ!だから、いくら陸地を探しても見つからないんだ」
「潜水艦なんて、まさか!」
「ここはリゾート地だから、どこに行ったって完全管理されている。監視システムの網をくぐろうと思ったら、その体制に潜り込むしかない」
「だけど、潜水艦が強奪されたなんて話、聞いてないわよ」
「強奪する必要なんかないさ。どこかの金持ちを装って『レンタル』すれば、疑われることは決してない」
 確かに、ラヌエラの言うことは一理あった。しかし、その捜索には大きな壁が立ちはだかっている。海底基地ならともかく、潜水艦では移動するだけに、どこにいるのか掴むのが一苦労だ。しかも、リゾート島の海洋面積は総面積の半分以上もあって、かなり広い。
「明日、クルーザーを借りましょ」
「今からでもいいじゃないか。観光客もいないし、相手だって油断するぜ」
「こんな夜更けにいったんじゃ、こっちが怪しまれるじゃない。沿岸警備隊だって、私たちが来ていることを知っているのは、上の連中だけなのよ」
 ラヌエラは渋々私の提案に従った。


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