戦神の後継者
主な登場人物

第5章 オーストラリア・レンジャー

 自分でも驚くくらいなのだが、1ヶ月ほどでバーチャルフィールドでの戦闘にも慣れてサイボーグ体で生活していくことにも不自由を感じなくなった。別の言い方をすれば、生身の頃の感覚と今の感覚の違いが分からなくなってきたということなのだが、軍部からしてみれば素晴らしいことなのだろう。1日でも早くサイボーグ兵が完成すれば、その分早く戦力として実戦投入できるのだから。

「アイシャー、明日からオーストラリアのレンジャー部隊に研修に行け」
 ライズ司令からの急な命令に私は戸惑った。
「レンジャーって、あの危険な任務ばかりつく部隊のことですか?」
「他になにがあるというのだ」
「いえ、ないですけど…」
「荒くれ者が多い部隊だ、もしや行くのが怖くなったかな」
 ライズ司令は冗談のつもりで言ったのだろうが、実は図星だった。
 地球上のエリア防衛を担うカントリー・チームに属するレンジャー部隊は、兵士のサイボーグ化が進んだ現在にあって唯一生身の肉体を極限まで鍛えぬいた兵士たちがいる部隊だ。強い磁気の発生する場所や金属センサーが設置されている場所での諜報活動や破壊工作など、生身の身体の有利さを生かせる所が彼らの主な舞台となっている。
 実のところ国連軍のなかでも、サイボーグ兵に不信感をもつ勢力は未だに根強かった。特にレンジャー部隊は己の肉体に絶対の自信を持っているだけに、科学技術の力を借りたサイボーグ兵の存在をひと際毛嫌いする傾向がある。そんな集団のなかに放り込まれたら、いくら最強を誇るセントラルチーム・メンバーとはいえ新人の身ではただでは済まないかもしれない。許されるものならレンジャー出向を拒否してしまいたい。司令に心を見透かされないように、私は必死で笑顔を作った。
「恐いなんて、そんなことないです」
「その割には顔がひきつっているぞ。まあ、お前なら向こうでも十分やれるだろう。生身の人間の戦い方を知るのも無駄ではないはずだ」
 司令官室を出たあと、私は大学の研究室に1週間旅行に出かけると告げ、一抹の不安を抱えながら基地テレポートゲートからオーストラリアへと旅だった。

 

 テレポートアウトの座標位置に出ると、そこは砂漠地だった。まばらに木々が生え、背丈の低い植物が風にそよいでいた。夏の盛りは過ぎたというものの、乾燥地帯では太陽が容赦なく照りつけてくる。少し離れたところに白い建物が見えたが、どうやらレンジャーの基地はその建物らしい。基地のゲート前に出るように座標設定をしたつもりが、微妙に到着座標がずれてしまったのだろう。テレポートシステムの精度は誤差数十mというから、まだうまく使えていないのかもしれない。
 炎天下を15分ほど歩いてようやく本部基地の入り口までやってきた。メインゲートを通ろうとすると警備兵に呼び止められた。
「おい、ここは観光客立ち入り禁止区域だ。警告を見なかったのか」
 カジュアルな服装でやってきたものだから、警備兵に観光客と思われるのも無理はなかった。
「あの、今日からここで働くのですが、聞いていませんか?」
「そんなの聞いていないぞ。ああ、もしかして食堂の新しいアルバイトか」
「えっ、そうじゃなくて…」
「事務室はこの先だ。せいぜいうまい食事でも作ってくれよな」
 警備兵はにかっと笑うと、奥の建物を指さして私を通してくれた。ひどい勘違いなのだが、今は余計な詮索をされたくなかった。いずれ本当の事は彼にも伝えられるだろう。
 オフィスの建物はすぐに分かった。ベルを押すと、身長が2メートルはあろうかという大きな男が出てきた。彼は明らかに不審そうな顔つきで私を見た。
「誰だね、あんた。何の用だ」
 一瞬このまま逃げ帰りたい衝動に駆られた。たたでさえ、一人でレンジャー部隊を訪ねるのにかなり勇気がいったのに、こんな野獣のような男たちと1週間も暮らすなんて拷問もいいところだ。私は勇気を振り絞って、彼に説明を試みた。
「あの、セントラルチームから来ました、はらだ…じゃない、アイシャーです」
 やだなあ、基地以外でコードネーム使うなんて、と思っていると、
「セントラルチーム? あんたが? 嘘ならもっとましなのをつくのだな」
 男は私の顔をじろりとにらむと、背を向けドアを閉めようとした。こんな所で門前払いされては、なんの為にここまで来たのか分からない。私はドアを押さえて男の目の前にIDカードを突きつけた。
「お疑いになるのももっともですが、一応私は正真正銘のセントラルチーム・メンバーです。信じていただけないでしょうか」
 男はカードと私の顔を何度も見比べた。彼の常識と経験が判断する結果と目の前の証拠の大きな食い違いが彼の判断を迷わせた。納得しがたいものの、記憶の一つから解答を得られたようだった。
「あんたか、本部から研修に一人よこすといってきたのは。汚い所だけど入りな、ちょっくら隊長呼んでくるからよ」
 建物のなかは現地人の事務官がいるだけで、がらんとしていた。技術者の多いセントラルチーム基地とは大違いだった。しばらくすると、先ほどの男ほどではないが立派な体つきの白人男性がやってきた。彼は40代後半で、人当たりの良さそうな雰囲気を醸し出していた。
「やあ、オーストラリア・レンジャーにようこそ。私が当基地の責任者フランク=ルーズベンです。話はライズ司令から聞いています」
「お世話になります、アイシャーです。どうぞよろしく」
 隊長が柔らかい物腰の人で良かった、とつくづく思った。
「この男は今日の事務当番のマクレオン。こいつは部隊で一番大きな男だから驚いただろう」
「ええ、まあ、少し…」
 ルーズベン隊長は私に好意的だったが、マクレオンは不満そうな顔をして私をじろりとにらんでいた。
「隊長、セントラルチームから研修生が来るのはかまいませんがね、女が来るなんて聞いていませんよ。俺達なめられていると違いますか?第一、女が俺たちの訓練についてこられるか怪しいし、足を引っ張られたり邪魔になったりはごめんです」
 マクレオンの言うことはもっともだ。本人だって心配しているのだから。
「まあ、女とはいえ一応セントラルチームのサイボーグ兵だから、少なくとも邪魔にはならんだろう。お手並み拝見といこうじゃないか」
「お手並み拝見ねえ、俺は機械に頼るサイバー野郎なんて好かんがな」
「そう言っていられるのも今のうちかもしれんぞ。セントラルチームは国連軍最強部隊だからな、そのメンバーの初期訓練を受け持つからには気を引き締めないと怪我をするぞ」
「ちえ、命令には逆らえねぇや。じゃ俺みんなに紹介してきます」
「ああ、そうしてくれ。俺も後から行く」
 マクレオンはぶすっとしたまま、何も言わずに私を仲間のいる広間へと案内してくれた。そこでは屈強そうに見える男たちが集まっていた。
「おい、ちょっと聞いてくれ」
 マクレオンが言うと、男たちは一斉にこちらを向いた。
「なんだよーマック。東洋人の女なんか連れて」
「お前にもやっと彼女ができたんか、隅におけねえな」
「なあ、この砂漠のど真ん中のどこで捕まえたんだよ。拉致ってきたんじゃないのか?」
 男たちは次々にはやしたてた。マクレオンはむすっとして言った。
「馬鹿野郎、そんなんじゃねえよ。こないだ隊長が言っていたセントラルチームからのお客さんだ。今日から俺たちの訓練に参加するんだと。えっと、あんた…」
「アイシャーです」
「そうそう、アイシャーさん。仲良くしてやれとさ、これは命令だそうだ」
 あんなに騒がしかったのに、水をうったように沈黙が流れた。
「ちえ、珍しく女が来たとおもったらサイボーグかよ。ついてねえや」
 彼らの私を見る目つきが変わった。冷やかしから明らかに敵意の目になっていた。生身の女なら大歓迎だが、自分たちの領域を侵しているサイボーグ兵なら話は別だ、そんなふうに言っている目だった。
 自分はここに来てはいけない存在なのか、基地のメンバーとは違う雰囲気に私は自分が場違いなところにいるような気分にさらされた。ぽつんと一人放り出されて、いったいどうすればいいのだろう。組織の中にはいるのだから構成員とはうまくつき合っていかねばならないが、この粗野で男の本能丸だしのような彼らとどうつき合っていけばよいか分からなかった。
 遅れてルーズベンがやってきたとき、ほっと救われたような気がした。
「なんだ、なんだ、この重苦しい雰囲気は。いつものお前ららしくないぞ」
 彼は部下たちの視線が私に集まっているのに気づいた。
「ははーん、原因は彼女か」
「隊長、女と訓練するなんて御免だし、ましてや機械だか人間だかわからねえヤツと仕事やるなんてまっぴらだ。いくら隊長の命令とはいえ、こればっかりは聞けませんや」
 この意見に周りは同意するかのように皆うなずいていた。見知らぬ男達に自分ではどうすることもできないことを理由に拒否されることは辛かった。もちろん暖かく迎えてくれることなどはなから期待はしていなかったが、同じ国連軍の兵士だし、それなりの対応をしてくれるだろうとは思っていた。レンジャーのサイボーグ兵嫌いは予想以上に激しい。私は何も言い返せなかった。
「ルーズベン隊長、どうやら私は好ましからざる客のようですね」
「そんなことはない。あいつらは君のよさが分かっていないだけさ」
「いえ、いいんです。肉体を鍛え上げているレンジャーの皆さんからみれば、サイボーグなんてズルですよね、機械の力で皆さんと同じ土俵に立つんですから。嫌いになるのも当然だと思います。でも、私は女であることも、サイボーグであることを辞めることは出来ません。一体どうしたら皆さんに受け入れてもらえるのでしょう」
 重苦しい空気のなか一人の男が声を出した。
「別にいいじゃねえか、一緒に訓練してもさ。彼女は俺らが認識しているサイボーグ兵とはちょっと違う気がするんだ」
 後ろの方でタバコをくわえていた中年の男が言った。
「まあな、この間の威張りちらしていたベストレスチームの野郎と比べればマシだと思うけど。でも、こいつは『生ける兵器』セントラルチーム・メンバーだぜ」
「もしかしたら、意外と話せるかもしれんぞ。話に聞くとセントラルチームってのは軍歴のない人間が兵士になっているそうじゃないか。このお嬢さんだってつい最近までは普通の民間人だったはずだぜ。俺達プロが毛嫌いしてはかわいそうだ」
「だからお前はいつも甘いと言われるんだ。身体を改造するやつなんか理由はどうであれ信じられねえ」
 私は反応が逆になってきつつあることに驚いた。
「戦争のプロは相手がどんな人間か、すぐかぎわけることが出来るものだ。サイボーグになっても素直ないい性格をなくさないでよかったな」
 ルーズベン隊長は私の頭にそっと手を置いた。
「ただ、戦場ではそれでは命取りだ。気をつけたほうがいい」
 私は彼の言葉に複雑な気持ちになってしまった。

「ベン隊長、アイシャーさんの装備が届きましたよ」
 事務の女性が大きな袋を下げてやってきた。
「やっときたか。納期は昨日だったのに。あの業者、今度文句いってやる」
「女性用は在庫がないとか、取り寄せに時間がかかるとか言っていましたからね」
「だから、男性用で構わないからサイズだけあわせて持ってくるようにと言ったのに。だいたい野戦服に男も女もあるものか」
 その場にいない納入業者への文句を垂れ流しながら、ルーズベン隊長は袋から真新しい服と靴を取り出すと私に手渡した。
「早速だが服を着替えてくれ。15分後に訓練を始める。一応、本部から聞いたあんたの身体のサイズでそろえたから合っているとは思うが」
 私は事務の女子用の更衣室を借りて着替えることにした。個室内でふっと溜息をついてしまった。
「あーあ、今度はレンジャーの戦闘服か。この手は着るのが恥ずかしいんだよなあ。これだったらまだセントラルチームの服の方がましな気がする」
 渡されたのは草色のシャツに迷彩色のパンツ、そして野戦用の軍用ブーツ。着替え終わったあと鏡をのぞいてみた。
「まあまあだわね」
 レーザー・ソードを出してちょっと身構えてみた。
「あたしって結構カッコいー、ってこんなことしている場合じゃないか…」
 更衣室からでると、事務の人が声をかけた。
「みんな先にいったよ。早く行かないと!」
 学校の仲良しグループじゃないのだから待っていてくれるわけないよな、と若干反省しながら外に出た。他の隊員たちはすでに整列をしていた。
「すいません、遅れてしまって」
「なかなか似合うじゃないか。男物だからどうかと思っていたんだ」
 ベン隊長はにっと笑いながら1冊のファイルを私に手渡した。そして真面目な顔になって言った。
「最初に言っておく。ここは新兵の養成機関じゃない、前線部隊だ。アイシャーさんの実力がどの程度かはわからんが、基本から教える余裕はここにはない。君も我々の通常メニューに従って訓練に参加してもらう。よろしいかな」
「はい」
 そもそもレンジャー研修は戦闘技術を学ぶというよりもレンジャーの戦闘の仕方を実践的に学ぶためのものである。その意味ではむしろ通常の訓練の方が目的にかなっているといえよう。
  私はさっとファイルに目を通した。見た限りではルース大佐に仕込まれたことと大差はなかった。きっとなんとかなるだろうと、ファイルをベンチに置くとぐっと背を伸ばした。

「アイシャーさん、あんたの現在の実力が知りたい。そうだな、誰かと模擬格闘でもやってもらうか」
 ベン隊長は隊員たちをぐるりと見渡した後、一人の男を指名した。
「フォートン、アイシャーさんの相手をしてやってくれ」
「うっす、了解」
 無精ひげの男がかったるそうに腰を上げた。
「隊長のご指名だ、よろしく頼むわ」
 隣にいた男がそっと私にささやいた。
「フォートンは部隊一の実力者だ。あんたが新人でも女でも手加減はしねえ。気をつけたほうがいいぜ」
 私はごくっと息を飲んだ。一通り格闘技術は修得しているものの、相手は立体映像だったり同じメンバーだったりで、生身の人間と組むのは初めてだった。力の加減が不馴れで醜態を見せてしまうか、または殺してしまうか、どちらにせよ「実力を」を問われれば、準備なしで要求されても仕方がない。
「頑張れよ、フォートン。相手は無敵のセントラルチームメンバー様だからな!」
 周囲の無責任な声援を背に、白兵戦技の達人と向かい合った。この時言っても誰も信じなかっただろうが、初めて実際に「敵」を目前にして、私は逃げ出したい気持ちでいっぱいだったのだ。いくら無敵を誇るという身体を持っていても、現実世界において恐怖心は早々押さえ込めるわけではない。
「さぁ、いきますぜ、お嬢さん」
 彼はそう言うが早いか、身を翻して銃床を叩き付けてきた。身体に強烈な衝撃が走り、倒れそうになる。開始直後から猛烈なスピードで連続してくる衝撃に、押しきれられないように踏みとどまるのに精一杯だった。
「受け身ばかりやっていないで、攻撃を仕掛けてはいかがですかな」
 フォートンは私の一瞬の隙を見逃さず、足を払って地面に叩き付けた。生身の体ならば一本や二本の骨折、よくて全身打撲を負っているところだった。幸いにして衝撃は感じるものの、痛みはかすかだった。倒れ込んだところで両腕を押さえ付けて、彼はにやりと笑って言った。
「これでおしまいとは、セントラルチームも質が落ちましたな」
 彼のその一言が私の心の奥の好戦性に火をつけた。自分では認めたくないが、セントラルチーム・メンバーとしての誇りは確かに存在している。その誇りに傷をつけられたのだ。
 フォートンの腕を押さえる力は生身の人間としては信じられない程強かった。しかし私が本気で抵抗を試みると、わずかに腕があがった。
「ラッキー、動ける!」
 私は全身の力を振り絞って、フォートンの腕を払いのけた。そして反撃を食らわないうちに体勢を整え、逆に相手の胴体に馬乗りになった。ここでもたもたしていては、体重的にそうかわらないフォートンは容易にこの場を切り抜けてしまう。
 しかし、私はそんな暇を与えることはしなかった。ほとんど無意識に、彼の腰からナイフを抜き取ると、彼の喉元にぴたりと押し当てた。数ミリ動かせば、フォートンは確実に地獄の門をくぐるはめになっていたはずだ。すべては強制的に脳に押し込まれた、あらゆる戦技が私の体を動かした結果であった。
「これでも質が落ちたって言えるかしら。私の勝ちね」
 ルーズベン隊長が側に駆け寄ってきて、組み手終了を言い渡した。私はフォートンの体から離れ、ナイフを返した。彼は苦い顔をしながらそれを受け取った。
「あんた、本当にこの間まで民間人だったのか?もう十分プロとして通用するぜ」
 部隊一の達人は不器用な台詞で、私の実力を認めた。
「おい、情けないな。格闘で女に負けるなんてよ。お前こそ腕が落ちたんじゃないのか?」
 集まってきた同僚の遠慮ない言葉に、フォートンはぶすっとしたまま答えた。
「ありゃ女なんかじゃねえ。正真正銘、折り紙付きのサイボーグ兵だ」
 国連科学局の技術力はやはり驚愕に値するものだった。平和ぼけの国で平凡に暮らしていた一人の女性を、短い期間でこれほどまでの兵士に仕立てあげてしまう。私は自分の手をじっとにらんだ。自分がどう思おうと、体は確実に兵器への道を歩んでいる。戦争の道具になるなってまっぴらだと思っているのに、サイボーグ兵である自分が高い評価を受けている。私は複雑な気分に陥ってしまった。

 

 日本では今は春だが、南半球に位置するオーストラリアでは秋の半ばだった。その晩、私の歓迎会という名目で、レンジャー隊員たちは食堂にこれでもかという程酒を持ち込み大騒ぎになっていた。サイボーグ体に過度の飲食は厳禁なのだが、彼らはおかまいなしに酒を注いでくる。酒だけならまだいい。中には泥酔した勢いで私に「一夜をともにする」ことを言い寄ってくる者をいたのだ。一応「若い女性」としては自分の身を獣から守らねばならないが、こういった手合いは口で言っても理解不能状態なので逃げてしまうのが一番である。
 夜も更けたというのに事務室には明かりがついていた。事務職員のカーリーが一人で残業をしていた。
「あら、あなたはたしか今日いらしたセントラルチームのアイシャーさんじゃないですか」
 私が入ってきたのに気づいた彼女は顔をあげて言った。
「何かご用ですか?」
 カーリーは私の母親と同じくらいの年代の女性だった。私は急に母親を思いだし、そしてこの女性に母親の代わりに私の思いを聞いてもらいたいと思った。
「ご迷惑でなかったら、ちょっと私とつきあっていただきたいんですが」
 彼女は私の思いがけない申し出にきょとんとしながらもにっこり笑っていった。
「いいですよ。ここじゃなんですからテラスに行きましょう」
 カーリーはコーヒーを2つ入れると、テラスのテーブルの上に置いた。外は真っ暗な草原で遠くの街の明かりすら見えない。満天の空は星が降って来そうなくらいにきれいだった。
「アイシャーさん、誰かあなたに粗相でもしましたか?」
「いえ…」
 私はじっと空を見上げた。カーリーは何も言わず、コーヒーをただ飲んでいた。
「時間だったら気にしなくてもいいですよ。私、すぐ近くに住んでいますから」
 カーリーは10年前にレンジャーの隊員だった夫を事故で亡くしたこと、子どもがいなかったのでここで事務員として働き、再婚せずにずっと一人で暮らしていることを話した。
「カーリーさん」
「はい?」
「私、命令でここに研修に来ました。でも、なんだかどんどん自分じゃなくなっていくような気がして恐いんです」
「恐いって、何がですか?」
「ここのレンジャーの方たちは、まだ初日だというのに私を一人前の兵士と認めてくれます」
「それは結構なことじゃありませんか。ここの人たちはなかなか他人を認めないのに、認めるとはあなたが彼らを納得させるだけの実力をもっているってことですよ。さすがはセントラルチームの方ですね」
「それは私の身体が機械化しているからです!」
「でも、あなたはあなただわ」 
「違います。機械の力で強くなっているだけで、本当の実力じゃない」
「妙なことをいうのね。私が今まで出会った軍人たちは自分の強さを誇ることはあっても、自分からそれを否定するなんて誰もしませんでしたよ。ましてや、最強を誇る国連軍の特殊部隊セントラルチームのあなたがそんなことを言うなんて」
 カーリーは不思議そうな顔をして私を見つめた。人は誰でも、外見や噂で判断をしがちなものだ。
「だって、ついこの間まで普通の学生だったんですよ、私。それがサイボーグにされて、アイシャーと呼ばれるようになって、戦闘の仕方をたたき込まれて出来たのが今の私。何もかも造りものなんです…」
 カーリーは私の瞳をじっとみつめた。彼女は肯定も否定もせず、ただだまって私が話すのを聞いていた。そして話がとぎれるとそっと言った。
「アイシャーさんはベンたちのこと、きらいですか?」
「いいえ」
「だったらそれでいいじゃないですか。人生なんてどう転ぶかわかりませんし、過去には戻れない以上転んだ方に進むしかないんですよ。アイシャーさんの心のギャップはお気の毒だとは思いますが、この際生身か否かは問題ではないのですよ」
 彼女は酒盛りの声が聞こえる方を向いた。
「どう否定しようとも、アイシャーさんは戦争における死の恐怖から抜け出た人なんです。いつも死と立ち向かうベンたちがどんな気持ちでレンジャーの仕事をしているか分かってあげて下さい」
 カーリーはそう言うと、私に軽く会釈をしてその場から去っていった。死の恐怖からは抜け出せても、戦う恐怖はいつもまとわりついているのに…
  独りテラスに残された私は、真っ暗な闇を見ながらカーリーの言ったことをずっと考えていた。


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