戦神の後継者
主な登場人物

第6章 初陣(その1)

 シリウス星系第3惑星は約20年前に移住が開始された比較的新しい植民惑星で、地下資源が豊富に存在することからシリウス政府の厳しい管理下におかされていた。惑星住民のほぼ9割が資源採掘関連の労働者であるが、その多くが安い賃金で重労働を課せられ貧しい生活を余儀なくされていた。この星が「奴隷惑星」と別称される所以である。富裕層で占められる支配者階級は自らの利権を抱え込む一方で一向に労働者層の生活改善の政策を行わず、生活に追いつめられた人々の中から必然的に政府に不満を持つ者たちが現れ始めたのだった。そしてついには反政府ゲリラが結成されるに至ったのである。
 反政府ゲリラは政府関係施設を次々に襲い、ここ数日は都市でのテロ活動が目に余るようになった。シリウス警備隊では手に負えないほどゲリラたちの攻撃が巧妙になってきたため、シリウス政府は最後の手段として国連軍セントラルチームに出動要請を行った。任務は反政府ゲリラのせん滅、及び人質となっている政府要人の救出である。

 

 日本でいう黄金週間の連休の後半の頃だった。通常ミーティングを終え、3日後に迫ったシリウス星系の植民惑星紛争の作戦会議に入った。
「シリウス遠征のメンバーを発表する。今回は5名に行ってもらう。」
 ライズ司令から次々とメンバーが発表された。まるで映画か何かのオーディションのようだと思っていた矢先、私は自分の耳を疑った。
「ジェシェア、レナモン、フィリシー、ラヌエラ、アイシャー。以上の者はこの会議後、作戦指揮官であるルース大佐との打ち合わせに入ってもらう」
 いまだ私は戦闘用の擬似人格であるダミー・システムに頼らなければ一人前のセントラルチームメンバーとしての働きが出来ない。そんな私にお呼びがかかることはないと思っていただけに、今回の遠征メンバーに自分が組み込まれていることに驚きを隠せなかった。
「どうした、鳩が豆くらったような顔をして。アイシャーもそろそろミッションに参加してもいい頃だ。フィリシー、面倒をみてやってくれ」
 私は戸惑いの気持ちを抱きつつ、副司令から資料ファイルを受け取った。

「どうしよう、フィリシー! まだここに来てから1カ月もたっていないのに、もう実戦に出されてしまうの?」
 軽いパニック状態の私に、フィリシーは微塵も動揺せず涼しい顔をして言った。
「まあ、そんなもんだろ、驚くことはねえよ。確か俺も、入隊して1カ月ちょっと過ぎたくらいで火星のクーデター制圧に参戦したからな」
「フィリシーは戦争に出るのに平気なの?私すごく不安だけど」
「戦闘なんてもう慣れちまったよ。アイシャーもじきに慣れると思う。今回は初陣だから俺がサポートするし、戦場だって一般市民が退避した後の市街がメインだからそんなに人は死なないと思うぜ」
「やっぱりゲリラは殺さなければならないの?」
「捕らえたところで死刑になる奴等だから、現場で殺してしまっても構わないんじゃないか?生け捕りにするよりは簡単だし、依頼主の手間も省けるってもんだろ。俺ならそうするな」
 彼は人の生死にあまりに淡白に言う。
「なんか、冷たいのね」
 私の言葉に、フィリシーは急に不機嫌そうな表情を浮かべた。
「それがここのやり方だし、俺たちの仕事だ。多分君もすぐに分かると思う」
 わずかの間だが、沈黙が流れた。決して彼も戦うことを好んでいるわけではない、なんとなくそれは分かった。
「そうそう、ライセンス念書にちゃんとサインをしておけよ。サインしないと殺人罪でつるし上げられることもあるからな」
 渡されたファイルをめくると1枚の書類があった。ライセンスとはつまり私たちが任務遂行の際、人をあやめてしまっても罪には問われないという言うなればマーダーライセンス(殺人許可証)だ。セントラルチームはその高度な戦闘能力を持つがゆえに厳しい管理下に置かれている。だからたとえ任務でも許可なしで人を殺せばそれは逸脱行為として厳しくとがめられることになるのだ。
「ちゃんとコードネームで書けよ。お前は時々書類に本名書くから」
「分かってるって、そんなこと!原田の名前で人殺しはしたくないんだから!」
 私は戸惑う気持ちを必死で抑えてサインを終えた。殺人許可が降りるということは、殺してでも敵は倒せということ… 私にとって、許可証とは敵は殺せと強制されたようなものだった。

 

「やあー、ほれぼれするなあ、女の子の戦闘装備姿っていうのは。めちゃめちゃかっこいいで、アイシャーさん」
 遠征用の装備を完了させて、装備担当のゲイリーは私を嬉しそうにながめた。もっとも彼はあまりにも私を着せ替え人形のごとくあれこれ付けたり外したりしていたので、後で主任に怒られてしまったのだが。
「やだな、そんなことないですよ」
「アイシャーさんが来てくれて本当にうれしいよ。SFムービーのスーパーヒロインが実際にいるみたいだ。オレ、異動の話がきても絶対うごかねーっと」
 彼は私を称賛してくれたが、私の心は晴れなかった。これが映画撮影だったら、どんなによかったことか。傍目からはかっこいい格好をさせてもらっても、これから本当の戦争に行くというのだから嬉しいどころか不安だらけだ。
  目的地までは小型船でワープ航法を利用して衛星軌道上まで行き、ここから政府のテレポートゲートを使って地上に降りる。乗り込む直前、私は船を見上げた。
「出撃かあ、こんな格好までさせられちゃもう逃げられないよね。ちゃんと生きて戻ってこられるのかな…」
 紛争地へ行くという不安な気持ちの隣には行ったことのない外宇宙への期待が並んでいた。シリウス星系は太陽系外にある数少ない植民地星だ。理由はなんであれ、知らないところへ行くのは胸が踊るものだ。
 出航した後はすぐワープ航路に入るので宇宙空間をのんびりとながめていることはできなかった。もっとも観光船ではないのだから、待機室には窓なんてないし、打ち合わせなどで結構忙しく、外を眺める余裕はそもそもなかったのだが。
 約5時間後、通常空間に出るとまもなく作戦開始時間になった。今回のミッションの総指揮官ルース大佐は私達メンバーを前に現在の戦況報告を開始した。
「シリウス政府から緊急の要請があった。宇宙港付近で大がかりなテロが勃発しているらしい。現在現地の防衛隊が対応しているようだが、事態は悪化の一方だ。港から他の植民星に逃げられたら我々には追跡する権限がない。必ずこの区域内で捕らえろ、絶対にこの星から逃がすな。これが政府からの絶対条件だ」
 一息ついて、大佐は私に言った。
「アイシャー、貴様には一つ言っておく。貴様の性格からいって先走りはないだろうが、戦闘中躊躇すればチーム全体が危機に陥る場合もある。ためらいが見えるようだったらダミーシステムが発動するからそのつもりでな」
「……はい。」
「オレが直々に鍛えてやったのだから、戦場ではいいところを見せてくれよ」
 ルース大佐はぽんと私の肩をたたいた。大佐の期待にはなんとしても答えなければと思うのだけれども、本音としては誰も傷つけたくはないし、殺したくもない。しかし、そんなことが許される状況ではないことは十分わかってはいるのだった。
 

 テレポートアウトした空港ビル付近はまさに銃撃戦の真っ最中だった。耳をふさぎたくなるような爆音が建物の中に響く。あたりには逃げ遅れた空港利用客や銃撃戦でやられた防衛隊の兵士や反政府ゲリラたちの死体が横たわり、血と硝煙の匂いが立ちこめていた。
 疑似界で訓練した市街戦バージョンの光景と似てはいるし、自分が何をすべきか頭にも身体にもたたき込んでいるのだが、これはまさに現実で私は目をみはるしかなかった。
「フィリシー、僕は防衛隊に撤退の連絡をしてからレナモンとメイン・コンピュータ室に行って空港内を閉鎖する」
 ジェシェアは大型ライフル銃を抱えるとそういった。空港内に残っているゲリラの外部への連絡と、脱出を防ぐためだ。
「そっちは頼む。俺はラヌエラとアイシャーを連れて1階から攻め上がる。防衛隊の撤退が完了したら教えてくれ。その時点から行動開始だ」
 ジェシェアとレナモンが行ってから10分後、銃撃の音がやみあたりは静かになった。防衛隊の撤退が終了したのだ。今、空港内にいるのは私たちとゲリラだけ。想定人数20名のゲリラに5人で戦わなければならない。
「戦闘のコツがわかるまでは俺とラヌエラの援護をしてくれ。万一俺達とはぐれたらあとはアイシャーの判断で行動していい。敵を生かそうと殺そうと君の自由だが、最終目的は忘れないでくれよな」
 フィリシーはビームライフルをかかえて私にそういった。ゲリラたちが使用している通常兵器ならよほどのことがないかぎりやられることはない。しかし、こちらの行動を相手に読まれないために行動はなるたけ隠密に運ばねばならなかった。
 出入口に一番近い通路には2人のゲリラがいた。 
「まずはあいつらからだな。アイシャー、セントラルチームのやり方を教えてやる。よく見ておけ。いくぞ、ラヌエラ!」
 フィリシーとラヌエラはソードを作り出すと、高速移動でゲリラに近づいた。そして、間を置かずに背中から心臓にめがけてひと突きにした。あまりにもあっけなく、2つの命が終わりを告げた。
 現実の世界で初めて目の前で人が殺される所を見た私は声も出なかった。精神干渉を受けているおかげで、現場をみても取り乱すことはないが、以前の私だったら即刻この場から逃げ出しているだろう。
 周囲には他に誰もいなかった。私はフィリシーたちの所へ駆け寄った。
「死んでいるの?」
 私は恐々と横たわる2つの肉体を見下ろして言った。
「当然だ。急所を狙ったから、ほぼ即死だな」
 任務とはいえ人を殺しておいて平然とした態度をとる2人に、私は同僚とはいえわずかながら恐怖を感じた。
「さすがね」
「これくらいどうってことないさ。高速移動中は俺たちの姿は生身の人間の目にはとまらない。奇襲は1番楽なやり方だ」
 フィリシーは倒した相手から銃と通信機を取り上げながら言った。
「脱出口に1番近いヤツは情報担当が多いからな。相手の”目”を先につぶした方がいいに決まっているだろう?」
「でも、攻撃されていないのに殺してしまうなんて…」
 顔をしかめた私にフィリシーははき捨てるように言った。
「被害を最小限に抑えるためだ。特に情報屋は生かしておくと策略をめぐらす。そうなってからじゃ面倒な上にこっちも危ない。お前がテロリストをどう思おうとかまわんが、相手は俺たちのことを殺す相手としか認識していない。その辺を良く考えて行動することだな」
 私は先に進む前にちらりと倒れた2人を見た。床に血溜まりが広がりつつあった。生かしても殺しても自由だとは言っても、これが現実なのだ。


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