戦神の後継者
主な登場人物

第4章 セントラルチーム配属(その2)

 この1週間は新入隊員なので戦地に赴くことはなかったが、そのかわりに人格が変わってしまうのではないかと思えるくらいの強烈な軍事的教育を受けた。科学局日本支部での、あのフォーマットですら本当に基本的なことが中心だったと後になって分かったくらいだ。
 最初の2日間は様々な法規・規則、そして戦闘技術バリエーションが脳に直接入力されていった。私には情報を選別する権利はなく、ただただ覚え込まされていくだけだった。大量の情報を短時間に脳にぶち込むものだから、苦痛で仕方がない。分かってはいるものの、戦争参加を前提とした教育を受けるのはなんとも言いがたい気分だった。

 

 基地に来て3日目、私はルース戦術担当大佐にシミュレーションルームに連れて行かれた。直径50mほどのドーム形の部屋で、天井にいくつか機材がぶら下がっているのが見える以外は、何もない殺風景な白い部屋だった。
「今日からは実際に身体を動かしてもらう。戦闘に必要な知識は全て頭に入っているはずだからな」
 彼は私を部屋の中央に残したまま、コントロールルームへ入り、人間の立体映像を1体映し出した。
「いいか、疑似界での戦闘はあくまでイメージの世界だ。実際に身体を使っているわけじゃない。今回はサイボーグ兵としての身体の使い方をマスターするのが目的だ。戦闘の基本はあくまで白兵戦だからな、まずはレーザーソードをだしてみろ」
 白兵戦。太古の昔から行われてきた戦争の基本戦術であり、戦う双方にとってリスクの大きい戦い方のひとつ。局地的な場所で作戦を展開するセントラルチームでは当たり前の戦闘行動なのだが、いかせん血生過ぎる。脳改造がされていなければ、疑似界の戦いでとっくの昔にトラウマになっていたところだ。
 ゲームであれば周囲の男性どもはおもしろがってやっていたが、私には何が面白いのかさっぱり分からない。生物化学兵器なり爆撃なりで一撃すればいいのに、と思っていたあたりはある意味自分の残酷な面をかいま見てはいたけれども。
「作れって、たしかこうして…」
 レーザー発生装置のスイッチを入れると、手に握っているあいだはエネルギーは自分の体から供給され、長さ1mほどの光の剣が現れる。実のところ、現実世界で兵器を扱うのは初めてだった。
「本当に出ちゃったよ。切れるかな」
 一本髪の毛を抜いてソードに近づけると、当然のことながら毛はじゅっと音をたてて燃え切れた。
 初めての武器に驚いていると、ルース大佐がマイク越しにどなった。
「よし、それでは目の前の標的を斬ってみろ」
 私は言われるままに映像に斬りかかった。本物ではないのだから別に迷うことはない、はずだった。
「えっ?」
 相手は立体の映像のはずだから、斬りかかればゲームのように消えてしまうはずだった。しかし、疑似界のときの戦闘で人を切ったときと同じ妙な手応えを感じる。
 私はびっくりしてソードから手を離した。光の剣はたちまちのうち消えた。
「ばかやろう、攻撃の途中で武器を手放す奴がどこにいる。死にたいのか!」
 途中まで切りかかった部分は元へと戻っていた。
「すいません。何だかリアルな手応えがあって…」
「これは全感応シミュレーションなんだから触感があって当たり前だ。もう一度やるぞ」
 気を取り直してソードを構えたが、さっきのように向かっていけない。
(やだ、あんな手応えがあるんじゃ本当に人間を斬っているみたい…)
 ルース大佐の半分呆れたような声が聞こえてきた。
「何を戸惑っている!相手は攻撃してこないただの立体映像だぞ。こんな低レベルで戸惑ってどうするんだ。疑似界シミュレーションと同じにやればいいだけだぞ」
「分かってはいるんです。でも身体が…」
「仕方ねえ、アイシャー、ダミーを使うぞ」
「え、ダミーって…」
 頭のなかでキーンとした音が通り抜けた。頭のなかがまるで霧がかかったかのように意識がぼんやりし、遠くから私に命令する声が聞こえた。標的に対するどす黒い敵意が私の心からあふれ、私は何の疑問もためらいも感じず命令されるまま次々と標的を倒していった。そして、一通り終了すると目が覚めたように意識がはっきりしてきた。
「いったい何をしたんですか!身体が勝手に動いてしまって…」
「生体脳の制御系を一部抑え、電子脳の制御系だけにして、ダミーシステムで身体を動かした。戦い方は身体で覚えてもらうしかないが、お前が戦う気になるのを待つ時間はない」
 これでは疑似界と同じ、ただの戦う操り人形だ。私は人格を持つ一人の人間であって、使われるだけの兵器ではない。気を取り直して、大佐に言った。
「大佐、そのダミーとかいうのを抑えて下さい」
「抑えて欲しけりゃ、さっさと標的を倒せ。お前の心に戦闘に対するためらいがある限り、ダミーの発動は抑えられないからな」
「わかりました、自分で攻撃します。やればいいんですよね」
「そうだ、分かっているじゃないか。自分の頭で考えることが出来るところにアンドロイド兵とは違うサイボーグ兵の価値があるのだからな」
(わたしはここでは一介の兵士にすぎない…)
 ふらつく心を抑えるかのように、私は自分に言い聞かせた。
(情を挟んだらだめだ。標的は倒す、確実に息の根を止める。わたしにはそれが出来るし、やらなくてはいけない…)
 私の身体にはあらゆる戦闘技術が覚え込まされているのだから、余計なことは考えずに標的だけに集中すれば確実にしとめることができるはずだ。
 とまどいを感じながらも、目の前の標的をなんとか片づけることはできた。しかし、後味は悪かった。
「やればできるじゃないか、と言いたいところだが、これでは合格点はやれんな。カントリーチームだってもう少し手際よく出来るぞ」
「すいません」
「まったく、中山のヤツ初期設定で手エ抜きやがって。本来なら貴様はもう実戦投入されてもおかしくはないんだ」
 実戦だなんて! 私は今まで自分がいた世界が平和だっただけに、他の地域では今だ紛争やテロが頻繁に起こっているということを知ってはいても、遠い世界のことだと気にもとめていなかった。
  疑似界での出来事が現実になる、考えただけでも恐ろしくてたまらなかった。実際に自分があんな行動が出来るかどうかも怪しいものだし、今度こそなぶり殺しにされるに違いない。それに殺されるとしても、あんな身体を切り裂かれるような死に方は嫌だ! 
 私はソードを形成する気力が急に失せて、壁にふらりと寄り掛かった。
「次、いくぞ。さっさと準備せんか、アイシャー!」
「私、やっぱりだめです」
「自分でやれるといったじゃないか。またダミー制御に戻ってもいいのか。」
「私に戦争なんて出来ません。なんのうらみもない人を殺せません」
 ルース大佐はコントロール室から出てきて、つかつかと私に近づくとぐいと胸ぐらを掴んだ。
「いいか、貴様は基地売店の姉ちゃんじゃねえ、セントラルチームの実行部隊メンバーだ。そんな弱腰の態度が許されるとでも思っているのか!」
「だって…」
 私の消極的な態度に担当官は余計怒りだした。
「だってもくそもねえ!戦闘はチームメンバーである貴様の義務だ。甘ったれるのもいい加減にしろ!」
 そう言うと、ルース大佐は私を強烈に殴り飛ばした。疑似界でもさんざん殴られてきた私だけれども、実際にはやはりショックだった。生身の身体ではないのだから衝撃を感じるだけで痛くはない。しかし、なんともいいようのない思いがこみ上げてくる。
(義務だなんて、戦うなんてやだよ。わたしは逃げるタイプなのに、どうしてわたしに戦うことを強制するの?)
「どうした、反撃してこい。他の部隊じゃどうか知らんが、ここじゃ上司に遠慮しなくったっていいんだぞ」
 そんなことを言われても、私には大佐への怒りの感情は湧いてこなかった。彼は何も私をいじめたくてこんなことをしているのではないことがわかっているのだ。
「私は、大佐を含めて誰も傷つけたくないんです」
「それはまたご立派なご意見だがな、それでは貴様の存在意義は何だ」
 座り込んだまま立とうとしない私を、大佐はしばらくじっとにらんでいたが、やがて手を差し出した。
「殴ったりして悪かったな。俺は女の扱いなんかわからんのでね」
 急に態度を軟化させた大佐に戸惑いながらも、私は手を借りながら立ち上がった。
「すみません、命令に従えなくて」
「君は本当の自分をよくわかってはいない。本当に自分が戦闘に向いていないかどうか、よく考えてみることだな。訓練はまた明日だ」
 大佐はそう言い残して去っていった。

「ルース君、初日のアイシャーはどうかね」
 ライズ司令はルース大佐を呼び出してこう尋ねた。
「彼女ですか。カントリーチームの女だってあんなに戦闘を嫌がる人間はいやしないと思いますよ。正直なところ手はかかりそうです。 ただ…」
「ただ?」
「潜在戦闘能力の数値からいえばかなりの能力を持っているはずですから、鍛え方しだいで彼女は超一流のPS(パーフェクト・ソルジャー)になりますよ。司令はそうするつもりで彼女を私に預けたのではないのですか?」
「アイシャーの表層精神は堅固な平和主義者だ。彼女にはつらいだろうが、自分の戦闘能力を彼女自身が認め使えるようになるまでは、しばらくダミーが必要かもしれんな。私個人としては、あのシステムはあまり好みではないのだが。あれは、ヒトをヒトではない別のものにしてしまう」
「今の彼女は自分の好戦性など絶対認めないと言った感じですからね。確かにダミーシステムにはいくつか問題がありますが仕方ありません。でも彼女は…」
「何だね」
「ダミーへの最初の精神的抵抗は強いのですが、一旦受け入れるとこちらが驚くほどシステムに素直に順応します。他のメンバーに現れる生体脳との反発による暴走が見られないんですよ。彼女と性格の似ているラヌエラですら30%の確率で暴走を起こすのですから」
「システムの性能が良くなったのではないのかね」
「それもありますが、それにしてもアイシャーの機械体との適応率の高さも含め、地上人としては異常です。彼女は無意識に、自分の本質が容易に変えられてしまうことを知っていて、それで防衛本能的にあの鎧のような表層精神をもったのではないでしょうか。…もしや彼女は研究段階といわれている人為PS生まれではありませんか?」
「それは絶対にありえん。…私が言うのもおかしな話だが、あってはならないことだ」
 ダミーシステムは兵士を「兵器」に仕立て上げる。ダミーを使い続けることによってアイシャーの良心の押さえが効かなくなったら、彼女は命じられるままに戦うだけの「兵器」になる。おそらく彼女の戦闘能力は最大に発揮されるだろうが、その時彼女を正当に制御するものがいなかったら、我々は自分達の手で最悪の敵を作り出してしまうことになってしまう。
 それが分かっていて、自分達は生身の身体を失った者たちを戦場に送り出さなければならい。そのためには徹底した軍事技術は必要不可欠だ。ライズ司令は空想の飛躍に苦笑しながらも、決してあり得ない話ではないことに一抹の戦慄を感じるのだった。
「だから、我々はセントラルチームを軍首脳部の便利な道具として扱ってはならんのだよ。PSなどという存在は忌むべきものだ」

「あんなに怒られたのは生まれて初めてだよ、もう。」
 セントラルチームの研修プログラムですら、私の気の弱いところは治すことは出来なかったようだ。怒鳴られたり、殴られたり、気分はもうボロボロだった。
 私は身体を引きずり、リラクゼーションルームのソファに身体を投げ出した。時刻は基地時間で夜の9時をまわっており、ここには誰もいなかった。窓からは暗黒の宇宙空間が見え、遠くに地球が見えた。
「自分が戦闘に向いているかどうか考えろって言ったって、そもそもこんな弱虫が向いているわけないじゃない。」
 だが、疑似界では完璧な戦闘行為ができた。いくら疑似界とはいえ、入り込んだ人間の持つ潜在能力以上のことはできないのだ。だったら、私はPSになれる素質を持っているということになる。でも、自分の知っている自分はそんな人間じゃないし、PSにだってなりたいとも思わない。
「学校の性格テストじゃ、穏和で感情の起伏が少ないって言われたのに。わたしの心の一体どこに戦いを求める気持ちがあるっていうのよ。もう、どうしたらいいんだろう…」
 なんだか無性に日本に帰りたくなった。そういえば、この基地に来てからまだ1度も地球に帰っていなかったことを思い出した。
「ちょと帰ってみようかな。大学にも顔出したいし。次の訓練は12時間後だから少しくらい平気だよね。」
 私は部屋に戻ると私服に着替え、そしてテレポートゲートの前にやってきた。定期連絡船はさっき出航したばかりなのでこれしか地上に帰る方法はなかったが、まだ1度もやってみたことはなかった。
 初めてのところにとまどっているうちに、目の前に誰かがテレポートアウトしてきた。
「わっ、びっくりしたー」
「どうしたあるね、アイシャーちゃん」
 小柄な中国人のフーシューがたくさんの掛け軸を抱えてテレポートアウトしてきたのだった。
「どこかいくあるか?まだ研修中じゃなかったあるか?」
「そうだけど、学校もいかないと・・・・。その掛け軸どうしたの?」
「ああこれ? 食堂のおばちゃんたちが中国趣味って聞いたからプレゼントしようと実家の蔵から持ってきたあるよ」
「いいの?大切なものじゃない?」
「かまわないあるよ。商売用の使い古しあるね。アイシャーちゃんも1つ、いかがあるか?」
 彼の実家は香港で料理屋を営んでいる。その店で飾っていたもので、無名画家作だから大した価値はないと、彼は言った。彼の好意に甘えて、私は派手な色彩の四聖獣が描かれた1m四方大のものをもらった。
「あのね、妙な事聞いていい?」
「アイシャーちゃんのいうことならなんでもいいあるよ」
「テレポート使うのってどんな感じがする?私まだ使ったこと無いから不安で」
「ははは、心配ないあるよ。何か感じる前に目的地につくあるね。やり方聞いたあるか?」
「一応」
「座標設定さえ間違えなければいいあるよ。さ、入った入った」
 フーシューはゲート内に私を押し込んだ。
「座標はどこあるか」
「N37のE144」
「N37のE144ね、はい、いってらっしゃい!」
 ふいに目の前が真っ暗になったかと思うと、私は大学の正門の前にいた。なんだか、きつねにばかされたような気分だった。ほんの数秒前までこの上空はるか高いところの宇宙基地にいたのに。
「あらま、本当に一瞬だわ。もしかして、これってすごく便利かも!」
 サイボーグの身体になって良かったなんてなかなか思えるものではなかったが、こればかりは認めざるを得ないようだ。 

 シミュレーションルームでの戦闘訓練は5日間にわたった。ルース大佐の人格を凌駕するような罵声と凄惨さを増してくるバーチャルフィールドにやもすると人間らしさを失い、戦うだけの機械に成り下がりそうなのを抑えるので必死だった。身も心もすべてバーチャルフィールドにゆだねれば楽だけれども、良心を失ってしまったら私は私でなくなってしまう。
  ここしばらくは基地から直接大学に通っていた。無断で何日も研究室を留守にするわけにはいかないし、授業だってある。司令から許可を受けて、日本時間で昼間は大学に、夜間は基地での訓練の日々だった。
  日本は相変わらず平和なのに、私は毎日仮想の戦争に明け暮れている。大学で学生生活を満喫している友人たちを見るたび、どうして自分だけという思いにかられる。せめて、地上にいるときくらいは当たり前の人間でいたくて、親しい人の前では以前と変わらないように振る舞っていたつもりだった。

「晶子ちゃん、お菓子食べよ。田舎からいっぱい送ってきたんだ。」
 実験のデータ入力をしている時、隣の生体システム研究室の香織里ちゃんがやってきた。
「いいの?こっちまでもらって」
「うちの研究室の分はもう渡したもん。それに生シスの男どもと食べたってつまらないし」
 彼女以外、生体システム教室には甘党がいないので、彼女は甘党の多いここ応用生体工によくお茶をしにやってくるのだ(もちろん甘党の筆頭は争田さんに他ならない)。
「じゃ、お茶入れるね。何がいい?」
「お構いなく、あるものでいいよ。でも争田さんが作った特製健康ドリンクはよしてね」
「わかってるって。あれ飲んでお腹壊さない人って争田さんくらいだもん」
 争田氏特製健康ドリンクは様々な薬草をハチミツに溶かし混んだ物を焼酎で割ったものだった。争田さんはいたくお気に入りなのだが、見かけといい、味といい、一度でも試飲した者は二度と飲もうとは思わない代物である。
 私はコーヒーメーカーから2杯分のコーヒーを入れた。その間香織里ちゃんはじっと私を見つめていた。
「あのさ、晶子ちゃん、最近性格きつくなったんじゃない?何かあった?」
「え?何で?」
 私はびっくりして振り返った。一瞬カップを落としそうになったくらいだ。
「前はもっと穏やかな感じだったのに、時々恐いくらい冷たい感じがする。小野川くんもそう言ってたよ」
 私は即座に返答することが出来なかった。思い当たること大ありだからだ。自分としては何も変わっていないつもりでも、毎日殺伐とした、残虐行為とも言える戦闘訓練を仕込まれれば、いくらかは変わってしまうだろうし、するどい感覚の持ち主だったらその変化に気づくだろう。しかし、本当のことを言うわけにはいかない以上なんとかうまくごまかさねばならない。
「そうかなあ、最近滅法忙しいからねえ、心の余裕が無くなってるのかな」
「忙しいのはわかるけどさ、ほら昨日の生体機能実験でマウス殺さなくちゃいけなかった時なんか無表情でちょとこわくて近寄れなかったよ。前回はぎゃあぎゃあ言ってたじゃない。」
「私も少しは大人になったかな。やだな香織里ちゃん、別に何もないってば」
「それならいいけど、誰かにいじめられているかと思って。例えばあの変態大阪兄ちゃんに」
 背後から人が来る気配がした。
「誰が変態だってー、四ツ字はん」
「やだー、争田さんいたんですかあ」
「さっきから居とるねん。人を変態扱いせんでほしいわ。あ、それおいしそうやな、ひとつもらうで」
 争田さんは香織里ちゃんが持ってきたお茶菓子をつまんだ。
「俺は原田っちゃんをいじめたりせえへんで。うちのかわいいホープやさかいな。だいたい変態ゆうたら四ツ字はんとこの牧石やんか」
 牧石さんは、争田さんと同学年の生シスの院生だ。彼もなかなか優秀ではあるのだが、多少悪趣味なところがあるのが玉に傷の男である。
「あらー、争田さんと牧石さんとじゃいい勝負ですよ」
「相変わらず、きっついこと言うわあ」
 争田さんは笑いながら、冷蔵庫からお手製のドリンクを出してコップについでいた。
「四ツ字はん、原田っちゃん、飲む?」
「ありがたく、お断りします」
「なんでや、うまいのになあ」
 香織里ちゃんはちょっと考えた後、小声で言った。
「もしかして、あのハゲが原因?」
 私と争田さんはあわてて周囲を見渡した。香織里ちゃんが言った`ハゲ`とは副室長の横畑氏。気の毒なことに、まだ40代の若さでずいぶん頭が寂しくなっている人だ。
「だめだよ香織里ちゃん、うちの研究室でハゲなんていっちゃ。横畑せんせ、あれでも結構気にしているんだから。」
「そや、”さわらぬ神にたたりなし”や。」
 香織里ちゃんは呆れた顔をしていった。
「応用の人ってみんなそういうのね。じゃ、原因は彼じゃないってか。」
 争田さんは、事情がよく飲み込めずに不思議そうな顔をして言った。
「何の話をしてはるん?」
「私が最近冷たいんですって。そんなことないですよね、争田さん」
「原田っちゃんが冷たい? そんなアホなことがあるかいな。もしそうだったら電脳のせいやな、きっと」
「えっ?晶子ちゃん電脳入れたの?」
 香織里ちゃんは驚いて、私の後ろにまわって首筋をのぞき込んだ。彼女も私が電脳嫌いだったことは知っているので、急には信じられなかったのだ。
「本当だ!」
「知らんかったんか?四ツ字はん。ちょっと遅れてるで。」
「だって晶子ちゃん教えてくれないんだもん。ねえねえいつ?どこでやったの?」
「こないだ学会に行った時だから4月かな。科学局でね、新しいのやってみないかって言うから」
「科学局かあ、いいなあ、市販品とはちょっと違うもんね。」
 しきりにうらやましがる彼女だが、その代償に肉体のほとんどを差し出すことになると知ったらどう思うだろうか。
「科学局のことだから、ついでに身体の方まで改造されてるんじゃないの?怪光線がでるとか、変身できるとか」
 彼女は冗談のつもりで言ったのだろうが、なかなか鋭い指摘だった。ヒーロー物に例えれば、今の私はいわば改造人間というヤツで、その気になればこの大学の1つくらいは容易に制圧出来る力を持っているのだから。
「やだな香織里ちゃん、科学局は悪の秘密結社じゃないんだからさ。それにそんなこと本当にされていたら、大学どころじゃないよ。」
「いや、晶子ちゃんはごまかすの得意だからねー。結構両立させちゃったりして」
「変なこといわないでよーもう。他の人が聞いて本気にしたらどうするのよ」
 香織は本当に鋭いカンを持っている。彼女に心理的揺さぶりをかけられたら、本当のことをうっかりしゃべってしまいそうで、恐かった。
「四ツ字はんはマニアっくやからなあ。いくらなんでもそれはないやろ。電脳入れたらしばらくは精神不安定になるさかい、それとちゃうやないの?」
「まぁ、そういう考えの方が現実的よね。ねえ晶子ちゃん、慣れたらあたしとネットダイブしようよ」


セントラルチーム配属(その1) TOPオーストラリア・レンジャー