戦神の後継者
主な登場人物

第9章 トロピカル・アイランド(その3)

 全長20メートルのクルーザー内で手負いの敵に追いつくのは造作もないことだった。私は狭い船室のなかに男を追いつめ、銃口を向けたまま投降を促した。
「投降するなら命まではとらないわ。あきらめなさい」
「死んでもそんなことするものか!殺すなら殺せ!」
「そう、残念ね」
 狙いをつけた瞬間、男の脇にあるドアが急に勢いよく開いた。美知が物音を聞いてエンジンルームから出てきてしまったのだ。
「ねえ、銃声が聞こえたけど一体何が起こって…!」
「みち!来ないで!」
 男は私がひるんだ一瞬のすきを狙って、みちの開けたドアから逃げようとした。このまま逃がしては友達が危ない、私は美知が目の前にいるのも構わず、撃った。弾丸は美知のすぐ脇を抜けて男の背中から心臓へとまっすぐ貫いていった。
「きゃあ!」
 美知の甲高い悲鳴が聞こえ、男の絶叫をかき消した。男は数歩あるいたところで崩れ落ちた。私は男の死亡を確認すると、側で震えている美知に目をやった。
「みち、大丈夫?わかなは無事?」
「しょ、晶子ちゃん、どうして…」
 美知は恐怖で声がうわずっていた。人が撃たれるのを目の前で見てしまったのだから無理もなかった。
「こ、この人、死んでいるの?」
「たぶんね。近距離から撃ったから即死だと思う」
 私は男が持っていた銃と弾丸を抜き取った。ラヌエラからテロリスト壊滅の連絡はないので、まだ潜伏している奴等がいることを考えると、若菜の身が危ない。半分錯乱状態の美知をかかえてエンジンルームへ駆け込んだが、そこにはいるはずの若菜の姿はなかった。
「ここで待っていて、わかなを探してくる」
「待って」
 美知が私の手を引っ張った。
「一体何が起こっているの。それに晶子ちゃんは…」
「これは私の仕事。悪いけど邪魔しないで」
 ダミー発動中で美知の疑問に答える精神的余裕はなかった。非情な態度が美知に出ないように抑えるだけで精いっぱいだったのだ。上の方でまた別の悲鳴が聞こえた。若菜の声だ。私は美知の肩をつかんで言った。
「どんなことが起こっても、みちやわかなのことは私が絶対守るから」
「ちょっと待ってよ、何が起こっているのか教えてよ!」
「死にたくなかったら、ここを絶対動かないで」
死にたくなかったら!? 美知の表情が一瞬固くなった。私は彼女に精一杯の笑顔を向けて、戦場へと向かった。

 階段をかけ上がり甲板にでると、大柄な男に抱えられている若菜の姿が見えた。やはり捕まっていたのだ。
「わかな!」
「助けて、晶子ちゃん!」
 彼女は泣きじゃくりながら助けを求めた。銃をもったままの私に気が付いた男はにっと笑って言った。
「よお、国連軍の姉ちゃん。ちょっとでも動いてみろ、こいつの命はないぜ」
「わかなを離しなさい。彼女は民間人よ、軍とは関係ないわ!」
「それならなおさら好都合だよ。さあ、その銃をこっちに渡してもらおうか」
 若菜を人質にとられ、私は銃を捨てざるを得なかった。
「そうだよな、罪なき民間人を見捨てることなんか出来ないよな」
 銃がなくとも、生身の人間を倒すことは簡単だったが、それではついてきた美知や若菜にみすみす自分が普通の人間ではないことを教えるようなものだ。ラヌエラに来てもらおうとしたが、彼もまだ奮闘中でこちらまで手が回らないようだし、私たちの周りにも生き残りの男たちが数人囲み始めていた。今だ臨戦態勢中の私の心が選ぶのは一つしかない。
(自分でやるしか、ないか。後ろに2人、前に1人、人質が1人。上等だわ)
 私はすっと加速をつけて、後ろの二人を殴りつけて気絶させた後、若菜を捉えている男にしのび寄って首にソードを突きつけた。
「セントラルチームを甘くみないでちょうだい」
 ふいを突かれた男は、若菜に銃口を向けたまま言った。
「さすがは国連軍が誇るセントラルチーム、いい動きをする。無駄に大金を身体へつぎ込んでいる訳じゃないんだな」
「投降するならこれが最後のチャンスよ」
「NOっていったら?」
「抹殺命令がでているの。殺すわ」
 男と若菜の息づかいがすぐ側に聞こえる。若菜がすぐ側にいるのに、残酷な言葉を平気で吐く自分が嫌になるが、ここは戦場と化している。そんな些細なことを気にする余裕はなかった。
「この女を見捨てる気か。貴様がその気なら、こいつを道連れにするぜ」
「さあ、それはどうかしら」
 私は男が引き金を引くよりもはるかに早く後ろ首から脳幹へとすっとソードを押し込んだ。男の撃った弾は方向がずれ、若菜の髪をかすって海上へと消えた。そして、銃声の余韻が残るなか、男のうめきが数秒聞こえ、そして息絶えた。
「いやあああ!!」
 若菜の空気を裂くような悲鳴が響いた。男は若菜を抱えたまま倒れた。セントラルチームでは相手を殺す時は即死させることが求められている。苦しまずに死ねるよう、せめての思いやりだ。
 男の下敷きになった若菜は泣きながら必死で這い出てきた。服も髪もくしゃくしゃだった。
「わかな!」
 美知が若菜のもとへと駆け寄ってきた。若菜はわっと美知に抱きついた。
「みちー!」
「もう大丈夫だから。どこか怪我していない?」
「みち、あたしたち何か悪い夢でも見ているの!」
 若菜はただ泣きじゃくるだけだった。美知はぎゅっと彼女を抱きしめ、そして疑いの目で私を見つめた。
「晶子ちゃん、晶子ちゃんて何者?」
「え?」
「あたしたちを守ってくれたのは嬉しいけど、どこでそんな武器の使い方を覚えたの?どうしてそんなに冷静に人を殺せるわけ?」
 私には何も言うことは出来なかった。ダミーシステムに支配されていたからとはいえ、戦闘集団に属している以上、戦闘行為は当たり前の行為。それを知らない彼女たちが不審がるのももっともの話だ。
「へへへ、そりゃあいつは普通の人間じゃねえ、セントラルチームのサイボーグ兵さ。あいつにとっちゃ、人殺しなんて造作もないことなんだぜ」
「えっ、それどういうこと…」
 若菜たちの背後に、テロリストの残党がいつのまにかに忍び寄っていて、彼女たちに銃を突きつけていた。若菜たちは恐怖で声もだせないようだった。
「なあ、そうだろ、国連軍の姉ちゃんよぉ。政府にたてつく奴を秘密裏に殺すのがあんたたちの仕事だよな。オレがお友達にちゃんと説明してやったんだ、感謝してほしいな」
 彼は民間人を楯にとっている余裕からか、こちらを嘲るように笑った。
「二人から離れなさい!無駄口たたく余裕はあんたにはないはずよ。味方はもうほとんど残っていないんだから」
「その通りだ。たかが二人ぽっきりの工作員に組織が壊滅させられるとは思わなかったぜ。だがまだ幕引きには早いな」
 男は上着から手榴弾を出して言った。
「妙なまねして見ろ、こいつらを道連れにするからな。オレを殺すなら殺してみやがれ!」
 彼は若菜たちを抱え込むと、手榴弾の安全装置を外した。彼の指がほんの数ミリ動けばこの船もろとも大爆発を起こす。そうなればさすがの私もただでは済まないだろうし、それより何より大切な友人を失うことになってしまう。
「アイシャー、彼女たちに伏せるよう言ってくれ!」
 ラヌエラからの通信が聞こえた。ちょうど男の真後ろにラヌエラが銃を構えて立っていたのだ。
 私はソードを作ると、若菜たちに叫んだ。
「みち、わかな、伏せて!」
 彼女たちがわずかに頭を下げた瞬間、ラヌエラは男の頭に銃弾を打ち込んだ。その間に私は加速して男の側に行き、手榴弾を捕らえて海へと投げ捨てた。その瞬間大爆発が起き、海には巨大な水柱が立った。船は大きく揺れて、水飛沫が雨のように私たちに降りそそいだ。コロニーの外壁はかなり頑丈なので、手榴弾ごときで穴があくことはない。だが予定外の大きな波が発生したので、近くの陸の住人や観光客はさぞかし驚いたに違いないだろう。

 

 あたりは静けさを取り戻していた。テロリストのわずかな生き残りが投降し、戦いは終わった。ラヌエラがすっかりシャツをボロボロにして戻ってきた。
「ようやく作戦終了だな、結局投降してきたのは3人だけだったけど。友達は無事かい?」
「ええ、さっきは助かったわ、ありがとう。でも…」
 私は濡れた髪をかき上げて、ちらっと美知たちを見た。
「派手に戦い過ぎたわ。もう私を友達だなんて思ってくれないかもね。」
「仕方がないさ。彼女たちを巻き込んじまったオレたちが悪い」
「そうね…」
「オレが本部と沿岸警備隊に任務完了の連絡をしておくよ。警備隊がきたら友達を保護してもらおうな」
「いろいろ迷惑かけちゃったね、今回は私が命令されていた仕事だったのに」
「何を言うんだ、同じセントラルチームの仲間じゃないか」
「そう、仲間…なのよね」
 私はもう美知や若菜とは別の世界に生きている。普段の生活では意識しないが、今回は思いきり思い知らされてしまった。
「もう大丈夫、終わったわ。湾岸警備隊がくるまで船室にいましょう」
 私はそっと手を差し出したが、ふたりは身動き一つしなかった。何度も人質になった若菜は怯えた目で私を見て、美知にしがみついていた。あんな凄惨な場面を見た直後に平気でいられるなんて、戦場慣れした兵士くらいなもので仕方がないことだが。
「こ、こないで」
 つぶやきのような若菜の小さな声が聞こえた。きっとまだショック状態から抜け切れてない、そう思った私は彼女を落ちつかせるつもりでそっと肩に触れた。
「さわらないでよ。晶子ちゃんの…人殺し!」
 若菜はぱっと私の手を払いのけた。
「人殺しなんて、私はただわかなを…」
 私は頭を殴られたようなショックを受けた。ダミーをかけられている時ならいざしらず、通常の精神状態のときにこんなことを言われたことは今までなかった。それを友達だと信頼している人に言われるなんて。 
 じっと脅えたように私を見る二人の目に押され、私は身を引いた。
「おい、それはちょっと酷いじゃねえか?」
 ラヌエラが若菜に近づいて言った。
「ショウコはあんたらを助けようと思ってやったんだぜ。感謝の一言くらい言っても罰は当たらないだろうが」
 ラヌエラの言葉も彼女たちの心をますます硬くするだけだった。私は彼の手を引っ張って言った。
「いいの。友達を、責めないで」
 テロリストたちがこの船を乗っ取ろうとしたときから、いずれ二人に本当の自分のことが知られてしまうことは覚悟していた。しかし実際に起こると心の動揺は抑えられるものではなかった。
「いいのかよ、あれじゃアイシャーばかり悪者扱いで!あ…」
「もうアイシャーでいいわ」
 美知たちに自分がセントラルチームメンバーだということが知られてしまうだけでなく、戦闘場面まで見られてしまうという結末を迎えてしまった今、原田晶子を意識するのは辛すぎた。ラヌエラの言うとおりさっさと彼女たちをテレポートさせていれば、少なくとも殺人シーンを見せることにはならなかった。いまさらながら後悔の念があふれてくる。
「あんな目に遭わせちゃったんだもん、私の不手際よ」
「君はよくやったよ、そんなに自分をせめるなって」
 ラヌエラは美知たちの方を振り向いた。
「イシザキさん、カイザキさん。ちょっと聞いてくれるかい?」
 ラヌエラは彼女たちの前に立つと、ドスッとライフルを降ろした。ラヌエラが戦う所も見ている彼女たちは当然びくついて後ずさりした。
「逃げるな、黙って聞け」
 彼は遠慮なしに彼女たちを怒鳴りつけ、振り向いて私に言った。
「オレが説明するよ。今のアイシャーじゃ動揺して説明どころじゃないだろうし」
 ラヌエラは私の心を見抜いているかのようだった。たしかに、友人と思っている人たちの前で戦況報告なんて私には出来なかった。
「これから言うことをよく聞いて欲しい。君たちに変な誤解を持って欲しくないんだ、特にアイ、いやショウコに対してね。彼女は君たちの友達なんだろう?」
「…うん…」
 2人は下を向いたまま、そっとうなずいた。
「もう分かっているとは思うが聞いてくれ。オレとショウコは国連軍セントラルチームの一員で、今回ここトロピカル・アイランドに逃げ込んだテロ集団を壊滅するために派遣されてきた。そしてこの船に乗り込んできた奴等がそのテロリスト達だったんでね、それでこんなことになったんだ」
 ラヌエラはゆっくりと静かに話した。
「尻尾を捕まえるのが難儀だったテロ集団だった。君たちの安全は最優先だったが、奴らは俺たちを交渉の材料にするつもりだったし、ここで言いなりになるわけにはいかなった」
 美知がうつむいたまま、ぼそっとつぶやいた。
「そんな危険な仕事中なら、あたし達無理にお邪魔しなくてもよかったのに…」
「そうだったな、結果的には君たちを戦闘に巻き込んでしまった。これは素直に謝るよ。訴えるのだったらそれでもいい。それを止める権利はオレ達にはないから」
「訴えるなんて、そんなこと…」
 いまさら言い訳なんかしても始まらない。彼女たちの目の前でテロリストを殺したのは事実だし、このために私はこの島にやってきたのだから。
 わかなより先にショック状態から抜け出した美知がぽつりと言った。
「晶子ちゃんが国連軍の軍人さんだなんてまだ信じられないけど、だったら晶子ちゃんがあんなに残酷になれるのも分かる気がする」
「ごめん…」
「気に障るかもしれないけど、しばらく晶子ちゃんと距離を置いてもいい?分かっているつもりだけど恐いの、晶子ちゃんのことが」
 美知は一筋の涙を落としうつむいた。私は彼女たちを命の危険にさらしただけでなく、思い出の中の「優しい晶子ちゃん像」も壊してしまったのだった。
「恐い、か」
恐怖の対象であってこそ、セントラルチームの抑止力は最大限に発揮される。美知の反応はむしろそうあるべき事なのだ。私は二人の前から離れて、甲板の手すりを握りしめた。残酷になれなきゃ、人なんて殺せない。殺せなかったら自分が殺されてしまう、そんな戦場の鉄則を一般人に理解してもらおうというのが、どだい無理なのだ。

 間もなくして、沿岸警備隊の艦がやってきた。数人の隊員たちが乗り込んできて、まわりを見渡した。甲板にいるのは私と美知、若菜の3人。それとテロリストたちの死体と投降者だった。
「連絡をくれたセントラルチームの方はどこに」
 手をあげようとしたとき、操舵室からラヌエラが飛び出してきた。
「ああ、オレオレ。どうも、ご苦労さまです」
 Tシャツ姿の彼に警備隊員たちは疑いの目を向けた。海岸の監視員のような出で立ちの青年が国連軍最強を誇る戦士だとはとても思えなかったのだ。
「お前が?」
「本当ですってば。ほら、これ」
 ラヌエラはIDカードを出して言った。
「この女たちは何者だ。テロリストの女か?」
 数人の隊員たちが銃を構えたまま私たちをにらみつけた。このような状況ではそう見られても仕方のないことだ。すると、ラヌエラが大げさに笑いだした。
「いやだなあ、お兄さん。彼女たちはオレの友達っすよ」
「任務に女連れとは大した部隊だな、セントラルチームっていうのは」
 隊員の皮肉にもラヌエラは慣れた感じで少しも動じなかった。
「ここはリゾート地ですからね、野郎が一人でうろついていたらかえって目立ちますよ。カモフラージュってやつですかね」
 死体の山を築きながら、陽気に話すラヌエラに、警備隊員たちは複雑な表情を浮かべていた。セントラルチームメンバーにとって、小規模のテロ集団など笑いながら殲滅できる程度のものでしかないのか、そう思ったことだろう。
「それと、これでリゾート島に侵入したヤツは全員です。あいつらをちょっとしめてやって聞き出しましたから」
 ラヌエラが捕虜ににっと笑いかけると、彼らは顔をこわばらせた。ラヌエラがどんな方法で聞き出したのか、聞かなくても分かるようだった。


トロピカル・アイランド(その2) 目次