戦神の後継者
主な登場人物

第9章 トロピカル・アイランド(その2)

 翌朝、私はラヌエラに起こされて目を覚ました。彼は早々と起きて既に船を借りてきていたのだ。ラヌエラが得意そうな顔で船を見に来るよう急かすので、私は眠い目をこすりつつ港に出た。彼が借りてきたのは巨大なクルーザーだった。
「あのさ、ラヌエラ」
「何だよ、アイシャー。不満でもあるのかい?」
「ないけど、こんな本格的な船を借りなくてもよかったんじゃない?」
「どうせ経費は基地持ちだから、立派なヤツにしてみたんだ。これならバカンスの気分でるだろ」
「そうじゃなくて、この船だれが操縦するのよ」
「心配するなって、オレが操縦するからさ」
「ラヌエラって免許もっていたんだ、すごい!」
「まかせてくれよ、オレはセントラルチームに来る前は海洋レジャーのガイドをやっていたんだ。さあ、どうぞお嬢さんお乗り下さい」
 乗り込もうとしたときに、後ろから誰かに名前を呼ばれたような気がした。振り返ると、女性2組が手を振りながら走って来るのが見えた。やってきたのは、こんなところで会いたくない人たちだった。
「やっぱり晶子ちゃんだ」
 やってきたのは、中学時代の友人の石原美知と海崎若菜だった。りなの時といい、どうして仕事中に友人に会ってしまうのだろう。2人を追い払うことも出来ず、私は無理矢理笑顔を作って言った。
「久しぶりだね。みちちゃんやわかなも来ていたの?」
「なんだ、晶子ちゃんやっぱりメール読んでいなかったんだ。1カ月前くらいに一緒に行こうってメール出したんだよ。返事がないから電話もしたのに、晶子ちゃんたらいつもいないんだもん」
 美知はぷうと口をとがらせて言ったが、すぐに笑顔に戻った。
「でも、結果的には会えたから良かったけど」
 大学にいる時間以外はほとんど基地にいるのだから、連絡がつかなくて当たり前だ。研究室からのメールは基地の自分の部屋からまめにチェックしていたのだが、それ以外はほとんど確認していなかった。
「ねえねえ、すごいクルーザーだね。晶子ちゃんの?」
 若菜が目をきらきらさせて言った。乗せて欲しいという下心が丸見えだ。
「私のじゃないのよ。あの人が借りてくれたの」
 上の方で、ラヌエラが陽気に手を振っていた。
「あの人、晶子ちゃんの彼?二人っきりでクルージングなんてやるじゃない」
 美知はそう言って私をこづいた。
「違うってば、大学の研究室の仲間。今合宿中なんだ」
 合宿は明後日から始まるのだが、作戦中と言えない以上そういうしかなかった。今度は若菜がぐいと身を乗り出して私の前に出た。
「ねえ、晶子ちゃん、お願いがあるんだけど」
「乗せてって言うんでしょ」
「さっすがー、わかってるじゃん」
 ここで断ると、変に詮索しかねない二人だったので、私は仕方がなく乗せることにした。ラヌエラのところへ行って、そっと話した。
「ラヌエラごめん、私の友達なの。捜索は夜にしましょう」
「なんだ、結局夜になるのか」
「ごめんなさい、でも…」
「いいってさ、気にするなよ。じゃ、本当のバカンスと行きましょうかね」
 フィリシーだったら、絶対こんなこと許してくれるはずもないので、その点今回の相棒がラヌエラで本当に良かったとつくづく思った。

 バカンス気分そのままに、ラヌエラは陽気に鼻歌を歌いながらクルーザーを操縦していた。そこに、美知たちがやってきた。
「こんにちは、今日は無理いってごめんなさい。私は石原美知っていいます」
「私、海崎若菜ですぅ」
「オレは、フェリアン・ディートル。よろしく」
 ラヌエラは流暢な日本語で美知たちに挨拶し、外国人っぽくオーバーアクション気味な握手をした。私には通信機能を使って二人に分からないように打ち合わせを行った。
(友人たちの前では本名を使うからさ、アイシャーも覚えておいてくれよ)
(了解。ちなみに私の本名は原田晶子だから間違えないでね)
(オーケー。オレの言語は日本語でいいんだろ)
(ええ。でもあまり上手にしゃべらないでね)
 美知たちは、気さくで陽気なラヌエラがいたく気に入ったようだった。彼の方も、若い女性に囲まれてまんざら悪くもないようだ。
 出航して約30分後、特にやることもなく甲板でビーチベットに寝ころんでいると、美知がジュースを持って声をかけてきた。私は上半身を起こすと美知からジュースを受け取り、美知はそのまま私の横に座った。
「フェリアンさんって日本語うまいのね、びっくりしちゃった」
 美知はいたく感心していたが、本当はラヌエラが言語システムを日本語に変えただけなのだから、上手に聞こえるのは当然である。私だって、基地では共通言語である英語に変換して話すのだから。
「晶子ちゃんは今何してるの?」
「まだ大学生だよ、城東大の工学部」
「へえ、なんだか難しいことやってるんだね」
「そんなことないよ。みちちゃんは?」
「言わなかったっけ、栄養学科だよ。栄養士になりたいんだ」
「すごいね。私はエンジニアにでもなれたらいいかなって思ってるけど」
 本当はそのつもりだった。そして、来年は惑星探査クルーの試験を受けようと思っていたのだが、私の人生設計は今や大きく狂ってしまっていた。

 船は岸からだいぶ離れた所まで進み、海岸のホテル群は水平線のかなたになってしまった。このあたりの水深は約100メートル、一番深いところに当たる。テロリストたちの潜水艦が潜んでいるとすればこの深さの区域のはずだ。
「晶子ちゃん、フェリアンさんとどんな関係なの?」
 美知があまりにも真剣な顔で聞くので、私は少しおかしくなった。
「さっき言ったじゃない。ただの友達。それ以上でもそれ以下でもないよ。」
「私をはぐらかそうっていったってそうはいかないんだから。第一、二人きりでこのクルーザーに乗るつもりだったんでしょ、お邪魔だったかな」
「だから、そんな関係じゃないって」
「それじゃ本当にラブラブするつもりじゃないっていうの?」
「そうだってば!」
 ラヌエラとは仕事仲間で、本当はテログループの捜索に来たと言ったら美知はどんな顔をするだろう。
「じゃあ、晶子ちゃんは彼氏まだいないの?」
「まあね」
「いつまでも奥手なんだから。それじゃ結婚相手だって捕まえられないぞ」
 いいよ、結婚なんかしないから。私はぼんやりと空を見上げた。今や結婚どころか、普通の生活を送ることすら保証されてはいないのだ。
「何か、あったの?」
 黙り込んでしまった私に、美知が心配そうに聞いた。
「ううん、何もない。それよりさ、美知の方こそどうなの?」
 私がそう聞くと、美知は急に顔を赤くした。やっぱりな、それが普通だよな、そう思った。
「結婚を約束している人がいるの。この間は初Hで、えへへへ」
「結婚前にちょっと早いんじゃない?まだ学生なのに子供出来ちゃったらどうするのよ」
「相変わらず晶子ちゃんは堅いんだから。今時セックスなんて、恋人同士なら誰だってやっているじゃない」
 美知の性に関するオープンさは相変わらずだ。それとも美知が言うように、私の方が身持ちが良すぎるのだろうか。どちらにしろ、今となっては私には関係のない話だった。

(アイシャー、ちょっと操舵室まで来てくれないか)
ふと、頭の中にラヌエラの声が聞こえてきた。
(どうしたの?)
(奴等を見つけた!)
 私は驚いて、ラヌエラのいる操舵室へとかけ込んだ。美知と若菜は甲板の所にいる。ここならば、任務の話をしてもかまわないだろう。
「こいつを見てくれ。」
 ラヌエラはソナー装置の画面を指さした。
「こいつがついているから、このクルーザーを借りたんだ。ほら、ここから東に10キロ水深80メートルのところに潜水艦の影が写っているだろ。この辺は観光潜水艇のコースからはずれているし、保守作業も行われていないはずだ。だとすれば、これはテロリストたちだ!」
「さすがね、冴えているじゃないラヌエラって」
「そりゃ、アイシャーより少しは経験者だから」
 テロリスト達の居場所を突き止めた以上、再び見失う前に叩かなくてはならないが、この船には美知たちがいる。彼女たちに今の自分の身分を知られたくはないが、かといって岸に2人を降ろす余裕もない。私の気持ちを見通したかのように、ラヌエラがそっと言った。
「アイシャーはここで待っていてくれ。オレが1人で片づけてくる」
「1人じゃ、危険だわ!」
「でも、2人ともこの海の真ん中でいなくなったら、君の友人が怪しむだろ」
「それはそうだけど…」
「大丈夫だって、そんなやわには出来てないからさ。じゃ、あとよろしく。万が一の時があったら来てくれよな」
 ラヌエラが潜水装置を身に着けて、潜ろうとした瞬間けたたましい警告音が鳴った。船舶同士のニアミスを防ぐための警報だが、ソナーの画面を見て驚いた。
「ラヌエラ、潜水艦が急速浮上してくるわ」
「ちっ、気づかれたか!」
 船が大きく揺れたかと思うと、耳をつんざくような若菜たちの悲鳴が聞こえた。
「みちちゃん!わかな!」
 私はあわてて2人にいる甲板へと飛び出した。波をかぶってずぶ濡れの2人が座り込んでいるのが見えた。
「大丈夫?」
「し、晶子ちゃん、あれ!」
 若菜が指さした方向に目をやると、船からわずか25メートル離れたところに巨大潜水艦が見えた。何のつもりでこのクルーザーの近くに浮上してきたのか見当もつかない。
「船室に逃げましょ」
 私は美知たちの手を引っ張って中に逃げ込んだ。甲板にいるところを私はともかく美知たちが狙い撃ちされてはかなわないからだ。
 私たちは船室の奥にあるエンジンルームに隠れた。万一見つかっても、ここなら相手はエンジンに当たるのを恐れて銃を使うことはまずない。
「何なのよ、あの潜水艦は!」
 若菜が興奮した声で叫んだ。
「怒鳴らないでよ、私だって分からないんだから」
「なんか危ない相手なわけ?こんなところに逃げ込まなくてもいいのに」
 美知が不思議そうな顔をした。確かにすぐ近くに潜水艦が現れたものの、2人にはそれが危害を与えるものか否かは分からないのだ。しかし、今ここで本当の訳をいうわけにはいかない。
「だって何者か分からないし、とりあえず逃げた方がいいと思う」
「ここはリゾートよ。都会の真ん中じゃないんだから逃げるほど大変なことが起こるわけないじゃない」
 若菜はエンジン音が響く狭い室内に押し込められたのが嫌なようだった。
「そういえば、フェリアンさんてばどうしたんだろう。大丈夫なのかなあ」
 美知が思い出したように言った。私にしてみれば、隠れている間にラヌエラが相手を倒してくれればいいと思う程度なのだが。
「彼しか船を動かせないから。きっと操舵室かな、ちょっと見てくるね。絶対ここから出ないで!危ないから」
「なんで危ないのよ」
「とにかく、絶対動かないで!」
 私は2人にきっちり念を押して、操舵室に向かった。

「ラヌエラ、状況は?」
「ちょっとやばいかも。ほら見ろよ、停止命令がきているし、狙撃手がこっちを狙っている。おおかたこの船でも乗っ取るつもりなんだろう。友達は?」
「エンジンルームに隠れてもらっているわ。でも、理由も無しにいつまでも閉じこめておくことは出来ないわね」
「アイシャー、彼女達を連れて陸までテレポートしろ。船ごとではオレたち二人でもさすがに重すぎる」
「そんなことをしたら、私が普通の人間じゃないことがばれちゃうじゃない!」
「仕方がないだろう。戦闘に一般市民の彼女たちを巻き込むわけにはいかない」
 戦場に非戦闘員がいれば、その安全の確保は何事にも優先する。私たちは正規軍なのだから、無関係な人間を巻き込んでまで戦闘を行うことは許されていない。覚悟を決めて美知たちの所へ行きかけたそのとき、砲撃の音がとどろいた。
「くっ、スクリューをやられた。奴等こっちに乗り込んで来る気だぞ!」
 並進していた潜水艦はみるみるうちにクルーザーに接近し、中から大勢の屈強な男たちが続々と出てきた。彼らは連絡橋をかけて、こっちに乗り込んできた。
「どうやら、テレポートする暇も与えないつもりだな。仕方がない、出るか」
「ええ」
 私たちは一般人を装って白いシーツを掲げながら甲板に出ていった。テロリストたちに余計な警戒をさせないために、だ。
「悪いな、兄ちゃん。彼女とお楽しみのところ邪魔してよ」
 テロリストの男が銃を突きつけて言った。
「ふ、船はあげます。だから助けて!」
 ラヌエラはわざと弱々しい声で命ごいをした。
「船はもらう。だがあんたらは逃がすわけにはいかない。」
 私とラヌエラは後ろ手に縛られてしまった。しかし、ここまでは予想できた事態である。おそらく、私たちを人質にして自分たちの身の保全を図ろうという魂胆だ。いつまでも潜水艦のなかで潜んでいる訳にもいくまい。
「わ、わたしたちをどうするつもりなの」
「これからコロニー政府と交渉をする。あんたらの命は政府の出方次第だな」
 潜水艦からは続々と男たちが出てくる。
(どうする?ラヌエラ。船室まで入られると友達が見つかっちゃうわ)
(なるべく多数がここに乗船するまで待つんだ。潜水艦は観光用だからいつまでも潜っていられるほどの強度はない。たぶん全員ここに乗り込むはずだ)
 ラヌエラの予想通りだった。彼らはクルーザーを征服すると、あっさり潜水艦を海底に沈めてしまったのだ。人数は約30名、美知と若菜の安全をはかりつつ戦うにはちょっときつい人数だが、船上という限られた空間のなか不可能な事ではない。
(アイシャー、着替え持ってきたかい?)
(一応ね。でもこの服お気に入りなんだけどな、経費で落ちないかしら)
(それはどうかな。ま、でも無理しなくていいぜ、あれくらいの人数ならオレ1人でも十分だ)
(またそんなこと言って。私のこと信用していないの?)
(アイシャーは友達を守るのが最優先だろ?)
(それはそうだけど…)
(甲板の敵はオレに任せてくれよ。フィリシー程じゃないけどオレも結構やるんだぜ。さて、戦闘開始だ!)
 美知たちの安全の確保を考え殲滅作戦に時間が割けない以上、テロリストたちが集合したこの瞬間を狙うしかない。私たちは見張りが離れたすきに縄を引き裂いて脱出した。近くにいた見張りはラヌエラが後ろから忍び寄り、口を押さえて声を出させないようにした後数秒とたたずに首を締め殺した。そして屋根の上に身をひそめ、様子をうかがっていた。
 しばらくして1人の男が大声を出した。私たちが縄を抜け出したことに気がついたらしい。
「あの若いカップルが逃げたぞ!」
 すぐに見張りの男の死体が発見されて、船上はにわかに騒然となった。
「私たちのこと、カップルだって。そんな風に見えるのかな」
 私はくすっと笑って言った。これではレベルがまるで美知たちと同じだ。
「そう見えるように、司令がアイシャーにオレをつけたんだろうよ」
 不意に、弾丸が頭上をかすめた。狙撃手が私たちを見つけたのだ。
「意外に早く見つかっちゃったな、ちょっと相手をしてやるか」
 屋根からすっと甲板に飛び降りると、ラヌエラは首に下げていた認識カードを取り出して言った。
「国連軍セントラルチームだ。サマーコロニー政府からの要請で貴様らを捕獲する。投降すれば良し、拒否すれば命の保証は無い」
「国連軍だと!」
 ゲリラたちの顔色が一瞬変わったが、投降してくる気配は無かった。逆に人数では勝っている余裕からか、私たちに罵声を浴びせた。
「誰がてめえら国連の犬なんかに投降するか!」
 小心のこそ泥なら軍が出てきたというだけでも怖じ気ついてしまうものだが、ある程度の規模を持つ武装グループでは最初から投降してくることはほとんどなかった。しかも今回はコロニー政府ですら手こずる奴等、かなりの抵抗があることは目に見えていた。
「そうか、せっかく言ってやっているのにな。そんなに死にたいのかよ」
 ラヌエラはソードを出すと同時に飛び上がり前面の敵頭上を越えると、船の縁にいる狙撃手の前に降りた。
「悪いな」
 彼はそのまま、狙撃手を切り捨てると海に突き落とした。それと同時に一斉にテロリストたちの攻撃がラヌエラに向かっていった。
「まったく、スモーキーマウンテンのハエみたいに寄ってきやがって!」
 狙撃手から奪った銃を片手に持つと、ラヌエラはテロリストたちに向けて乱射した。反射速度の早いサイボーグ兵が撃てば、通常のライフルでも機関銃並の速さで撃つことが出来る。そして、ほぼ正確に標的に当てることも不可能ではないのだ。
  私は自分の方に向かってくる男たちの攻撃を避けながら、やはりなかなかとどめはさせずにいたのだが、船室に向かっていく男の姿を見たとき頭の中がかっと熱くなった。ダミーシステムが自動発動したのだ。
「友達のいる時にどうして…」
 発動を抑えることが出来るものならそうしたかった。このままでは、私は美知たちの目の前でテロリストたちを殺してしまうかもしれない。それを見られるのが何より嫌だった。しかし、戦闘状態に入ってしまっている今は沸き上がる好戦性を抑えることは不可能である。
 倒れたテロリストから銃を奪うと、私は船室への入り口へ入ろうとする男たちに向けて撃った。1人は銃弾に倒れたが、もう1人は動きを封じるまでには至らずに体を引きずって中へ入っていった。
「くっ、外したか!」
 私は男を追いかけて船内へと入って行った。美知たちはどんなことをしてでも守らなければならない、その義務感がダミーの完全発動を抑制していた。


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