戦神の後継者
主な登場人物

第2章 疑似界(その3)

 しばらくすると、大型トラックがやってきて私の側で止まった。運転席から愛想の悪い顔の男が身を乗り出して私に叫んだ。
『おいお前、回収だ。乗れ』
 私は無意識に短いソードを出して構え、運転席の男を見上げた。この世界では誰が敵で誰が味方なのか分からない。しかし、実のところ私にはもう戦う気力は残っていなかった。
『まてまて、俺は味方だ。そいつはしまってくれ』
「味方?」
『まったく、あんたらは戦闘直後は廃人みたいになるからな、危なくてしかたねえ。だからサイボーグ兵の回収は嫌なんだよ』
 男はぶつぶついいながらトラックの荷台から回収ロボットをだした。ロボットはアームをのばすと私の体をがっちりとつかみ、機体の中へと押し込んだ。味方なのか、そう認識した以上抵抗をする気は私にはなかった。
「どこに連れて行かれるんだろう。もう、何も、したくない…」
 私はうつろな目で空をみあげた。現実の世界で見慣れた空とは違い、赤黒く染まっていた。大地と同じ色だった。

 30分後、トラックは前線基地らしい警備の厳重な施設に入った。
『おい、こいつをたのむぜ!』
 トラックの男は整備兵に私を回収ロボごと引き渡した。整備兵は回収ロボを格納庫に固定して充電ケーブルを接続したあと、壁からクレーン・アームを引き出だした。そしてロボ背部のポッドをあけると無造作に私の身体をアームで掴んで外に放り投げるように出した。
『おら、立てよ。さっさとケージに戻れ』
 整備兵はバランスを崩して座り込んでしまった私の背中を、蹴飛ばした。
「ケージって?」
『ったく、自前の脳みそがついているくせに手間かけさせんじゃねえ。貴様ら、戦闘以外は本当に能なしだな』
 私の気持ちなどおかまいないないなしに、彼はケージとよばれる部屋に私を追い立てた。そして、乱暴に私の両腕・足首・腰に金属製のベルトを装着し、壁のスイッチを押すと、磁力で私の身体は壁に引き寄せられ、拘束装置と金属ベルトが接合された。
『よし、これで収納完了っと』
「何よこれ、放して!」
『ちっ、人間戻りしやがったか、面倒だな』
 彼は私の正面に立って怒ったような顔でどなりつけた。
『兵士なら飯でも食わせてやるがな、貴様はただの兵器にすぎん。兵器がぐだぐだ人間臭いこと言うんじゃねえ!』
 そう言い放つと彼は部屋から出ていった。彼の捨てゼリフが頭のなかで繰り返し残っていた。
(私が兵器ですって!)
 心に大きな穴を開けられたような気分だった。ただでさえ、初めての戦闘体験で空虚感がいっぱいなのに、まるで追い打ちをかけるかのように心を引き裂いてくる。いくらなんでもあんな言われ方はあんまりだ。違う、私は兵器なんかじゃない。人間なのに…

 ケージと呼ばれる場所は人間一人がギリギリいはいる程度の狭い空間だった。拘束されているうえに外部制御装置が付けられていて身体を動かすこともできない。おまけに制御が強くて声すら出すことも出来ない。人間として認識されず物扱いされる、こんな屈辱は初めてだった。
(こんな世界は嫌、元の世界に戻りたい。誰か助けて…)
 そう願っても、疑似界にいる間は外部からシステムを操作されない限り私の意識はこの世界に留まったままで抜け出すことはできない。
『どう?第1日目は』 
 気がつくと目の前に白い服を着た女性が立っていた。私は目をぱちくりさせた。
「…?」
『これじゃしゃべれないわね、かわいそうに』
 彼女は制御システムを少し緩和させた。声だけは出せる状態になった。
「あ、ありがとう。あなたは誰? どこからきたの?」
『最初からずっとあなたの側にいたのよ。あなたが認識できなかっただけ』
 聞き覚えのある声だった。そうか、この世界にきてから私に話しかけてきた声と同じだ。おそらくこの疑似界のナビゲーションシステムの擬人化によるものに違いない。
『思い出してくれた?』
「ええ。姿が見えた方が話しやすいわ。ねえ、これいったいどういうことなのよ。あたし、拘束されるいわれはないんだけど」
『それはあなたがサイボーグ兵だから。この世界はセントラルチーム初期訓練システムの疑似界。あなたに戦い方、そして自分がどういう立場に立つことになるのか、それを教えてくれるところ。あなた、システムに慣れるのが早かったから戦闘場面が早くきてしまったのね。女性にはどうかと危ぶまれていたけど心配ないみたいね』
 ようやく私にも事情が飲み込めてきた。死体の荒野に放りこまれたのも、私を襲った男を殺させたのも、大部隊と戦うよう仕向けたあの小隊長も、命ごいまでした彼女はおろか大勢の人間を虐殺した事実も、今のこの拘束状態も、すべてこの疑似界で私を一人前の兵士に仕立て上げる舞台の登場人物・状況にすぎなかったのだ。

<様々なイベントが起こるけど、君はただその流れに従っていればいい>

 疑似界に入る前に技官が言ったことを思い出した。これは私の戦闘用サイボーグとしての身体を完成させるための物だということは知らされていたが、本当に戦闘行為をさせられるとは夢にも思わなかった。
『この拘束は一種の象徴。あなた自身最高軍事機密だから以後すべての行動には監視がつくわ。気を悪くすると思うけど、これからあなたは国連軍の所有物ということになるの』
 元の世界に帰ってもサイボーグ兵という立場では人間扱いしてもらえない、そんなことは許せなかった。私は誰のものでもないし、自分の行動は自分で決める一人の人間のはずだ。
『しばらくすれば第2段階に入るわ。前よりは機敏に行動ができるはずよ』
「また戦えっていうの?命令されるがままに物を破壊して、人を殺して、一片の情のない私になれっていうの!」
『あんな低レベルの戦闘じゃセントラルチームメンバーとして失格なのよ。選ばれたからにはPS(パーフェクト・ソルジャー)になってもらわないと困るし、そうなる義務があなたにはあるわ』
「あれだけ私に人を殺させておいて、それで低レベルですって!あんたたちは私を戦闘兵器にしたいのね、冗談じゃないわ。あたしはセントラルチームなんかには入らないし、戦闘用サイボーグなんてまっぴらよ」
『でも、あなたは拒否することはできない。一度でもセントラルチームメンバーとしての能力、そして破壊行為としての戦争に味をしめてしまったら心はどこかで戦いを求める。それを理性で抑えきることはあなたにはもう出来ないのよ。他人に対して圧倒的なパワーを持つということはある意味では快感を感じるわ。あなただってさっきの戦闘行為はまんざらでもなかったでしょ』
「そんなこと、そんなこと絶対にない!」
『ずいぶんはっきり言いきるのね。ま、暴力に溺れない精神力があるのはいいことだけど』
 彼女の言うことはまんざら嘘でもなかった。戦闘行為に快感を持ったのも本当だった。自分は他者に対して武力的に圧倒的優位に立っている、その力で他者の命を左右出来るのだから。しかし、戦争に酔うなんて絶対認めるわけにはいかない。
 このままでは、確実に次の戦場に出されてしまう。あんな調子で何度も戦わされていけば、今の人間らしい気持ちを無くして本当にただの生ける兵器になってしまう。物を破壊し、人を殺すだけのおぞましい存在に!
 私はなんとかこの拘束装置から抜けだそうともがいた。
「こんなもので私の人生まで拘束されてたまるものですか!」
 身体が制御されているのは知っている。しかし、そんなことは関係ない。       
『無駄なことはやめなさい。今のあなたは並の人間程度の力しかないのよ』    
「日本の有名なことわざ知ってる?火事場のなんとやらよ!」
 幸いなことに、制御されているのは筋力系統だけのようだった。生身の脳に取り付けられた補助脳は私に様々な情報を与えてくれる。これを使わない手はない。
(装置の強度が弱いところを教えて)
 補助脳のシステムは瞬時に制御装置を解析し、壁との接続部を眼前に表示した。私は壁ごと引きちぎる勢いで力を込めると、装置と壁に取り付けられている部品との継ぎ目に亀裂が入った。筋力が抑制されているとはいえ、生身のレスラー程度の力なら出せるのだ。すかさずさらに力を集中させると固定部は壊れ、私は勢いで前に倒れてしまった。
「いててて。へっ、ざまあみろってやつよ」
 私はゆっくりと身体を起こし、まだ身体につながっている制御装置を引き抜いた。これさえ抜いてしまえば、パワーを抑制するものは何もない。
 解放の喜びに浸るまもなく、突然非常警報が鳴り響いた。白いドレスの彼女は呆れた顔で言った。
『まさか本当に壊してしまうなんて、想像もつかないことをするのね、あなた。でもこれからどうするの?味方同士で戦うわけ?ま、それはそれでいい経験にはなるでしょうけど』
「戦闘はこんりんざい御免だって言ったでしょ、こうするのよ」
 私はソードを通常の半分の長さにして自分の胸に狙いをつけた。彼女はあわてて、私の手を押さえた。
『何をする気なの!』
「死ぬの。これならもう誰も私に手出しはできないわ。殺人兵器にされてしまうくらいなら、本当に多くの人を殺してしまう前に死んだ方が世の為よ」
『馬鹿な真似はやめなさい!国連はあなたをただの殺人の道具にするために改造したんじゃない。人類をあらゆる外敵から守るためにセントラルチームを設立し、弱い立場の人々の代行者として戦ってもらうためにあなたを選んだのよ』
「外敵って何よ!同じ人間でしょ」
『社会の規律を乱したり平和を脅かすものは、人間でも排除の対象なのよ』
「そんなの都合のいい、いいわけだわ。大義のためには私の気持ちなんてお構いなしなんだから。あんな血まみれの思いはもうたくさんよ」
 私は彼女の手を振り切ると、ぐっとソードを握りしめ、そして胸から視線をはずした。さすがに自分の身体にソードを突き刺さすところは見たくなかった。自殺するということは、人生の様々な苦難から逃げ出す卑怯な行為だと思っているのは今でも変わらない。しかしこの殺戮の世界から抜け出すのに他に方法が考えつかなかった。
 彼女の説得の言葉も、もはや耳に届いていなかった。私は目をつぶった。
(お父さん、お母さん、ごめんなさい…)

 

「原田さん、原田さん!」 
 気が付いた時は、現実世界に戻っていた。まだ電脳室のカプセルの中にいたが、ハッチが開けられていて、伝導液が胸のあたりまで引いていた。技官が私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「あ、中山さん…」
「よかった、気がついてくれて」
 彼は急に初期設定プログラムが暴走し、私が自殺しようとしたので、あわてて私の意識をメインコンピューターから帰還させたのだった。
「私、生きてる…」
 確かに自分の胸にソードを突き刺した感触はあったのだが、その直後からの記憶はなかった。
「もう、疑似界で自殺なんかしないでくれよ。本人の意志での死は本当に死ぬこともあるんだ」
 技官は私の身体から制御コードを取り外すと、カプセルから引き上げて簡易ベッドの上に降ろした。そして、優しく毛布を掛けてくれた。私はうずくまって毛布をじっとにぎりしめたまま動けなかった。まだ少し身体がまひしているようだった。
「疑似界から自力で抜け出そうなんて、ずいぶんむちゃなことをするな」
 彼は椅子に腰掛けて私を見つめた。通常、擬似界から抜けるためには出口に相当するゲートがあり、システム終了手続きを踏まなければならない。私のした行為はシステムの強制終了に等しいもので、一歩間違えば脳に重い障害を残す危険性があったのだ。中山技官の迅速な処置で、なんとか脳の破壊は免れたものの、その代償に電脳室のシステムはその機能の半分が使い物にならなくなった。
 私はひどい脱力感と自己嫌悪に襲われていた。
「死なせて欲しかったのに」
「何馬鹿な事を言っているんだよ、そんなことできるわけがないじゃないか。君の存在はもはや君一人の物じゃない、セントラルチームのプロジェクトには多くの人間と金が関わっているんだぜ」
「架空の世界とはいえ、有無を言わさず人を殺させるなんて酷いじゃないですか!中山さん、いえ国連はいったい私を何にしようとしているんです」
「そりゃ、君を一人前のセントラルチームメンバーにするために…」
「私はあんな殺人鬼になるために今まで生きてきたんじゃない。それに、このまま戦わされていたら私はいずれ人類の脅威になってしまう」
 自分の潜在意識の中に、理性を保ったまま平然と殺戮を行うことの出来るもう1人の私がいる。その自分が今の自分ととって換わってしまったら、と思うと恐ろしくてたまらなくなる。
「脅威なんて、そんなものになるはずないじゃないか。君の能力は人類を守るためのものなんだから」
「疑似界のあの人も同じ事を言ったわ。でも、私にはわかるの」
「機械体になったばかりの君にプログラムがきつすぎたんだね。そもそもセントラルチーム用の訓練疑似界は人間の脳には強すぎるところがあるから、あまり気にしない方がいい」
「でも…」
「わかった、今日はもう終わりにしよう。今の君の精神状態じゃ続けるのは無理だ。一部システムダウンしているから、正常な疑似界を再生できないしな」
 今夜はもう部屋に戻るといい。心配しなくても、科学局のスタッフは君を人として扱うよ。私を安心させようと中山技官は精いっぱいのことばを使った。
 彼は私が着替え終わるのを待つと、スタッフを呼んで術後管理室へと案内するよう言った。私の姿が見えなくなると、彼は疑似界での私の行動記録を見て、ふっと溜息をついた。
「わずか1時間で第一段階終了か。3時間はかかると覚悟していたのだがな…」
 あの彼女が人工脳に入れたばかりの戦闘プログラムをこんなにはやく使いこなせるなんて。初期フォーマットの結果は彼の予想をはるかに越えていた。どうりで上の連中が彼女にこだわるわけだよ。死にたいって言ったのは彼女の良心の叫びなんだろうな。彼女の潜在戦闘能力を最大限に引き出すためには、この良心を押さえ込まなければならない。問題はその辺か…


疑似界(その2) 目次 日常への復帰