戦神の後継者
主な登場人物

第6章 初陣(その3)

 私はラヌエラに支えられたまま、衛星軌道上に待機している司令船に戻った。現場を離れたということでいくらか気持ちが治まってきたが、船のクルーたちはそんな私の気持ちは知るはずもなく、気楽に声をかけてきた。
「やぁアイシャーさん。初陣はどうだったかい?一人や二人はやれたんだろ」
「私は……」
 フィリシーが怒って彼の前に立った。
「悪いが、アイシャーに今回の任務の事は何も聞くな。」
「なんだよ、フィリシー。感想を聞くくらいいいじゃねえか」
「てめえはレディーに対するデリカシーが足らねえ。今度言ったらたとえ味方といえども承知しないからな」
 彼は怒ったような顔はしたものの、これ以上フィリシーと言い合うことはしなかった。こんなつまらないことで殺されてはたまらない、そう思ったからだ。
 ラヌエラはクルーの後を追いかけ、話しかけた。
「悪いな、君は悪くないのに」
「一体どうしたんだよ。おれはフィリシーなんかにデリカシーがないなんて言われる筋合いはないぞ」
「アイシャーな、自分が人を殺したことに今ひどく自分を責めているんだ。だから今はそっとしてやって欲しい」
「ふーん、平和主義で有名なアイシャーさんでも殺しはできるってか。でもよ、チームメンバーはみんな鋼の精神の持ち主だろ、敵を殺したくらいでなんでだ?」
「オレにもわからん。ただ、ここで今アイシャーを追いつめたら彼女はセントラルチームメンバーとして2度と戦えなくなるような気がする。そんなことになったら彼女に待っているのは死だけなんだよ。お願いだ、協力してくれ」
「そうだったのか。わかったよ、もう言わない」
「絶対だぞ、裏切ったらオレも許さないからな」
 そして、彼との別れ際にこう言った。
「オレたちに鋼の精神なんてないよ。あるのは戦争に麻痺した心だけさ」
 アイシャーの苦悩はラヌエラ自身にも覚えのあることだった。いくら任務だと割り切ろうとしても、初めて戦場で人間を殺した時の記憶は消えることはない。ただ、重なっていく戦闘の記憶に埋もれてしまうだけなのだ。

 

帰還後のメンテナンスを終了したラヌエラは、基地のラウンジで一人ソファに身をゆだねていたフィリシーを見つけた。
「何だフィリシー、こんなところにいたのか。整備班の連中がお前のことを探していたぞ。まだ整備に行っていないそうじゃないか」
「ああ、もう少ししたら、行く…」
 フィリシーはぼんやりした顔でラヌエラを見上げた。決して他人に弱みをみせようとはしないフィリシーがそんな態度を見せるのはほとんどない。少なくとも、ラヌエラにとっては初めて見るものだった。
「お前がぼんやりするなんて、珍しいな」
「そんなことはない、俺だってぼんやりくらいするさ」
「何か持ってくるよ。頭すっきりさせようぜ」
 ラヌエラはコーヒーを二つ入れると、自分とフィリシーの前に置いた。
「やっぱりお前ちょっと変だぞ。アイシャーだけじゃなく、お前までおかしくなったのかよ」
「アイシャーか… 彼女、どうした?」
「整備室で見たときはだいぶ落ちついていたようだったよ。さっき自分の家に帰るって地上に降りたけど」
「そうか、じゃもう心配しなくても大丈夫だな」
「もしかしてアイシャーのことを心配してそんなぼんやりしていたのかい?だったら会ってやりゃ良かったのに。一応お前の相棒だろ」
「会ってどうするんだよ。慰めの言葉でもかけろっていうのか?任務の後にいちいちそんなことしてられるかよ」
「アイシャーは初陣だったんだ。いくらシミュレーションをつんだところで、そう簡単に慣れるようなものじゃないだろう、この仕事は」
「わかっているさ、そんなことくらい」
「じゃあ、何が気がかりなんだ?」
「アイシャーのダミー・システムのことさ」
「アイシャーの?そういえば彼女に対するダミーの効き目、すごかったな」
「ダミー発動中のアイシャーを見て思ったんだ。彼女は紛れもないPSだ。おそらくレステリアの後釜はアイシャーだと思う」
「PS、パーフェクト・ソルジャーか…」
 ラヌエラはじっと自分のコーヒーカップを見つめた。アイシャーはPSかもしれない、彼もそう思わないではなかったのだ。しかしアイシャーは戦闘行為をひどく嫌う。彼女にとってPSであるということは不幸の極みではないだろうか。
「PS傾向はチームメンバーなら誰でも持っているじゃないか。お前にだって、たぶんオレにだってある。アイシャーだけが特別な訳じゃない」
「なぁ、ダミー・システムは人の深層に眠る闘争本能を最大限に引き出すんだったなよな」
「そうだけど…」
「闘争本能を引き出されるのはセントラルチームメンバーとして当然のことだが、アイシャーに対してあの使い方は無茶だ。ダミーに順応性の高い人間はダミーに飲み込まれる可能性がある。その結果、彼女は彼女ではなくなる」
「つまり?」
「平和な世の中で、彼女が生きることができなくなるということを意味するんだよ。セントラルチームメンバーの頂点に立つレステリアを見れば分かるだろう、あの人は一旦遠征にでると戻ってきやしない。いつも戦いの中にいるんだ」
「太陽系外をまかされるんだ、それは仕方がないだろう」
「そうじゃない。レステリアは戦うことにしか生きる意義を見出していない。アイシャーだってこのままじゃ「戦いの女神」にはなれても、それ以外のものにはなれない…」
そういってフィリシーは頭をふった。アイシャーにはそんな存在になって欲しくないのに、状況がそれを許さない。そして自分にはそれを改善する権限も権利もない。それが彼のいらだちの原因だった。
(なんでオレがあいつのことをそんな気にかける必要がある)
フィリシーはまだ気が付いていなかった。自分の中でアイシャーの存在感が大きくなっていることに。

 

遠征後は2日間の休暇が与えられた。アパートの自分の部屋は遠征前どころか、サイボーグにされてしまう前からちっとも変わっていない。そのことが余計に今までたまっていた感情を刺激する。その点では、殺風景な基地の自室の方が落ちつけたかもしれなかった。
 休暇とはいえ、何かにつけて遠征の事を思い出してしまい何も手につかなかった。私はベッドの上に身体を投げ出して毛布を頭からかぶった。

(人を殺してしまった)

 でもそれは任務上予想できた事態であって、そのためにライセンスに署名だってした。私のしたことは植民惑星の人々の安全を守るためにしたことであり、決して犯罪ではない。

(でも、どんな理由であれ、人を殺したことに変わりはないわ)
 心の中で戦いを肯定するもう一人の私がささやく。
(じゃあ、自分の心を傷つけたくないからといって、あなたは反政府ゲリラたちの破壊活動を認めることが出来るの?)
(そんなこと認める事なんて出来るわけ無いじゃない。罪のない植民地星の人たちの平和を脅かした根源なんだから)
(だったらゲリラを殺すことは正当な戦闘行為だわ。誇りに思うことはあっても悔やむことはないはずよ)
(ゲリラだって人間なのよ、誇りになんか思えない!どうして人間が同じ人間を殺す権利があるの?そんなのおかしいじゃない)
(あなたは90%以上の機械体を持つ戦闘用サイボーグのくせに、まだ生身の人間と同じだなんて思っているの?)
(当然よ!身体が変わっただけで、心はそのままだもの!)
(だったらその考えは改めた方がいいわ。サイボーグ兵が戦闘で人を殺すことは当たり前のこと。そのことであなたを責める人間なんていないし、それどころかむしろ確実に敵を倒すことを期待されている。どうせ兵器扱いされる世界にいるのだからそれに徹してしまえばいいのに)
(それじゃ、この私の、原田晶子の気持ちはどうなるの?人を傷つけたくない、殺したくないっていう私の心は何も変わっていないのに)
(生身の人間の「晶子」は1カ月も前に死んでしまったんじゃない。今ここにいるのはセントラルチームのアイシャーなのよ。生身の人間の代わりに戦闘に従事する、それが今のあなたの役割だから)

 ベッドに仰向けになって、じっと天井を見つめた。軍隊には戦果を気にする人ばかりで、私の弱い心を受けとめてくれる人はいない。両親や友人にはこんなこと相談なんてできやしない。気楽に過ごしていた日々は遠くなってしまい、私は命令されるがままの戦闘マシンにされてしまった。
(神様もお釈迦様もこんな私なんか許してくれない。きっと地獄におとされる)
 決して信心深い方ではないが、投げ込まれた世界が地獄のようなところだけに、やりきれない思いにとらわれた。

(でも、いつかはこんな生活にも慣れて、ダミーなしでも平気で戦えるようになる。虫を殺すように人の命を奪っても何とも思わなくなってしまう…)

 TVニュースでは例のシリウス植民星紛争事件解決の報が流れていた。映し出される映像は昨日まで私がいたところに他ならない。
「空港に立てこもっていた反政府ゲリラ勢力は防衛隊によって全員射殺され、街はようやく緊張が解けた雰囲気になってきました」
 私はキャスターの言葉をぼんやりと聞いていた。
「戦ったのは私たちなのに。それに射殺どころか切り殺しだよ…」
 政府の意向かどうかは知る由もないが、武力突入したのは現地防衛隊ということになっていた。植民星には干渉しないという地球側の建て前上、内乱に国連軍が出動したことは公表できない。そもそもセントラルチーム自体存在が法で定められているわけでもなく、表だってその活動を報じることは許されていなかった。

(私たちの存在って何?紛争を解決できたのに感謝されるどころか、その事実をなかったことにされてしまうなんて…)

 自分が戦闘行為をしたという事実は消してしまいたい、そんな思いと、感謝もされないことに普通の人間の体を奪われてまで従事しなくてはならないなんて、という思い。私はすぐにTVを消した。なんともいえない気分だけがまだ心にわだかまっていた。


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