戦神の後継者
主な登場人物

第6章 初陣(その2)

 先行したジェシェアたちが空港内の電源を止め、照明が落ちた。夕刻の建物の中は薄暗い。夜になれば暗闇でも物を識別することができる私たちには有利だったが、そんなにのんびりと構えている余裕などなかった。こうしている間にも、反政府ゲリラたちは何らかの対策を講じているかもしれないのだ。
 フィリシーとラヌエラ、そして私は通気口を昇って2階にあがり、ゲリラたちの様子をうかがっていた。管制タワーの窓から人影が数人見えた。
「どうやら、奴らは管制タワーに立てこもっているらしいな」
「じゃあ、管制官たちが人質ってこと?」
「いや人質をとっているという情報は入っていないが、政府要人ではない管制官たちには人質としての価値はない。残念だがおそらく生きてはいまい」
「なんてこと…」
「犠牲になった人たちに報いるためにも一刻もはやくこの事件は終わらせないとな。さて、2階に陣取っているのは3人か。たいした武器も持っていないようだし、ここは俺に任せてもらおう」
 言うが早いかフィリシーは通路に降りて、こともあろうかゲリラたちを挑発し始めた。
「よう、そんなところで何をしてるんだい?」
 3人のゲリラの注目はフィリシーに集まった。
「誰だ、貴様!」
「名乗るほどの者じゃないさ。あんたらを狩りに来た、ただの使いさ」
「狩りだと? ふざけるな!」
 戦闘員の発砲にフィリシーは器用に避けていく。
「ふん、ちっとも当たらねぇな、もっときちんと狙えよ。銃はこう使うんだ、よく見ておけ」
 フィリシーは肩からライフルを降ろすやいなや、ゲリラの一人に狙いを付けて撃ち殺した。撃たれた男は反動で壁に激突し、壁に赤い飛沫を描いて崩れ落ちた。
「フィリシーってすごい!」
「たしかにフィリシーの射撃の腕はチームのなかでもピカイチだけど、ただの目立ちがたりやなんだよ。あいつはすぐに調子に乗るんだから」
 ラヌエラは呆れた顔をして言った。仲間を殺された2人はあわてて左右へと逃げ出した。
「仕方ねえ、オレたちも出るか」
 私とラヌエラも通路に降り、フィリシーが追った方向と逆に逃げたゲリラを追いつめた。
「観念しろ、退路は残っちゃいないぞ」
「なんだ、貴様ら!何者だ!」
「あんたらを狩りに来た。国連からな」
「くそ! 政府め、国連軍に出動要請だしやがって!」
 ラヌエラもまた表情一つ変えず、戦闘員の一人を倒した。
(今日はなんて厄日なのだろう。まだ1時間も経っていないのに、4人も目の前で殺されるのを見るなんて)
 突然、脇の狭い通路から別のゲリラが急に出てきた。
「アイシャー、後ろだ!」
 フィリシーの声を聞いたと同時に、油断していた私はゲリラの男に襲われ羽交い締めにされた。 この男は思った以上に力強く締め上げてくる。
「ずい分と仲間を殺してくれたな。おい、この女の命が惜しかったら銃を捨てな」
 しかし、そんな奴らの脅しにフィリシーとラヌエラは何の動揺もしなかった。当然、武器を捨てる気なんてさらさらないようだ。これにあわてたのが当のゲリラである。
「こいつを本当に殺すぞ、いいのか!」
 フィリシーはライフルを片手に言い放った。
「お前らをぶっ殺すためならそいつはお前にやる。待ってやるから悔いのないようにレイプでもなんでもするがいい」
(何て事言うのよ、フィリシーは。本当にレイプされたらどうするのよ!)
 挑発的な言葉の陰に、私の頭のなかにフィリシーの別の言葉が聞こえてきた。
(アイシャー、ソードでそいつを倒せ。ヤツは俺達が銃以外に武器を持っていることを知らない)
(でも……)
(一番近いところにいるのはお前だ。それにヤツはお前が女だと思って油断している。倒すのは簡単だぞ!)
 敵は倒さねばならない、頭では分かっていてもこの男の息づかいがすぐ側で聞こえる。生きている人間を刺し殺すことに、私はためらった。
「貴様ら、仲間を見捨てようって気か!」
「お前に言われたくは無いな。俺たちは任務を完了することが最優先だし、そのことはあいつも分かっている。殺したきゃやれよ。ただし、その後は覚悟しておけ」
「くそっ、悪魔め!こうなったら一人でも道連れにしてやる」 
 男が私の頭に銃を当てた瞬間、ラヌエラが高速で男にぶつかってきた。その衝撃で投げ出された私は急いで男から離れ、その間にフィリシーがレーザーソードを持って走り寄り、男を胴からまっぷたつに切り裂いた。死体を見下ろすフィリシーの顔は苦渋に満ちていた。
「…貴様に俺を悪魔呼ばわりする資格なんか、ない」
 危うく難を逃れた私だったが、フィリシーは猛烈な剣幕で怒った。
「アイシャー、なぜ攻撃しない!ラヌエラが機転をきかせてくれたから良かったものの、あんな至近距離で撃たれればいくらサイボーグの身体だって死ぬぞ!」
「ごめんなさい。」
「お前だってあの修羅地獄のような疑似界の訓練終了をしただろ。ルース大佐にだって死にそうなくらいしごかれただろ。どうして自分一人守る事が出来ないんだ」
 今はフィリシーの言うことに何も言い返す事は出来なかった。殺すのが嫌だったなんて兵士には言い訳にもならない。
「もういいじゃねえか、フィリシー。今回アイシャーは初陣なんだぜ」
 ラヌエラが見かねて言った。
「そんなこと分かっている。だが、それを理由に任務に支障をきたすのは許されないんだ。人を殺したくない気持ちは分かるが、足を引っ張るのだけはやめてくれ」
 フィリシーに切られた男はしばらくけいれんの様子を見せていたが、じきに動かなくなった。真っ赤な鮮血のなかに内蔵がうごめいていた。私はだまってその死を見つめていた。本当だったら、自分がこの男に死を与えていたはずだった。
 ラヌエラがそっと私の肩に手をかけて言った。
「気にするな、アイシャー。あいつは不器用だけど、君のことが心配なだけさ」
「私のことが?」
「自分の意志で戦う事が出来なければ、ダミーシステムを導入せざるを得ない。君を自動人形にしたくないからあんなきついことを言ったんだと思う」
「そうなの…」
「ダミー制御下は不安定だから戦意過剰で暴走することもある。オレも最初のころはよくかけられて戦場を荒らしたものさ」

 私はフィリシーやラヌエラに何も言わずに付いて行くだけだった。何を言っても無駄なことが身にしみて分かったからだ。フィリシーたちは相変わらず鮮やかな身のこなしでゲリラを倒していくのだが、私の方といえば攻撃を避け致命傷にならない程度の打撃を与える程度しかできなかった。
  各階のゲリラたちを蹴散らし最上階まで達すると、管制室の前で先行していたジェシェアたちと合流した。
「ごくろうさん、下階の反政府勢力はみんな倒したのかい?」
「今頃は地獄の門で門番に悪態をついているかもしれねえな。残りはこの中か」
 フィリシーは最大出力のソードを出して構えた。
「残りは何人だ?レナモン」
「8人ってとこだな。管制室は狭いから生け捕りは難しいかもしれないぞ」
「じゃあ、任務優先とするか。久々の閉所虐殺の宴だな、素直に投降すればいいが奴らも気の毒なことだ」
「嫌な表現するな、フィリシー。こいつは悪魔信仰のミサじゃないんだぜ」
 ジェシェアが呆れた顔で言った。
「せめて、閉鎖空間戦とかでも言ってくれよ」
「奴等が投降しなけりゃ皆殺しだ、どちらにしろ同じことだ」
 今度ばかりは私もゲリラを殺さざるを得ないかも知れない、そう思うと急に何もかもが恐ろしくなってしまった。実際に生きている人間を追いつめて殺してしまうなんて私には出来ない、そう思った瞬間急に頭の中が霞に覆われたような感覚を感じた。
(ダミーシステムだ!やっぱりルース大佐は初めからそのつもりで!)
 ずっと離れなかった戦うことに対する戸惑いの気持ちが少しずつ薄らいできて、どこか遠くで私に命令する声が聞こえる。
(敵は殺せ!)
 この声に答えるかのように、無意識に押さえつけていた残酷な意識が私の良心を徐々に侵していく。自我が抑制されたこの状態では拒絶することもできず、ただ受け入れていくしかなかった。私の心に生身のころには想像もつかなかったような殺意が生まれてくる。
「これでラストだ。あと少しで終了だな、アイシャー… !」
 ラヌエラは私の顔を見て驚いたような表情をした。
「…何?」
「い、いや、別にいい…」
(やっぱりダミーを発動されたか。こいつはすごいことになりそうだ。戦闘能力A++の力、たっぷり拝ませてもらおうか) 

フィリシーがドアの隙間にソードをさし込むと、その部分は飴のように溶け、レナモンとジェシェアがこじ開けた。そして私たちは一斉に管制室へなだれ込んだ。
「何者だ!」
 中にいたゲリラ達は一斉に私たちに銃を向けた。床には管制官たちが横たわっていた。やはり殺されていたのだ。
「国連軍だ!武器を捨てて投降しろ!貴様ら逃げ道はもうないぞ!」
 ラヌエラが叫んだ。結局は殺してしまうことになっても、最初にまず投降勧告をするのはおきまりの儀式だ。
「誰が国連なんかに投降するかよ!」
 ここでゲリラたちが素直に投降するくらいなら、とうの昔に事件は解決している。彼らが引き金を引く前のわずかな瞬間に、私たちは高速移動で場所を離れ、ゲリラたちの背後にまわった。
「そんなことだろうと思ったぜ。そんな態度なら殺されても文句はナシだ!」
 フィリシーはそのまま目の前の相手の心臓めがけて一突きにした。これを合図にしたかのように、狭い管制室で小さな白兵戦が展開され始めた。私の近くにいた男は、私を見るとにっと笑っていった。
「女が出てくるとはな、俺たちもずいぶんなめられたもんだぜ」
 男はにやにやしながら近づいて来た。殺された女性管制官の衣服が乱れているところを見ると、彼女に暴行したことは明らかだった。こいつは理念に燃えた反政府闘士なんかじゃない。色欲と暴力に飢えた凶暴な獣だ!
「国連の犬にしては結構いい女だな。殺し合いなんかより、オレと楽しいことしないか?」
「私としたら高くつくわよ、ゲリラのお兄さん」
「構わんよ、どうせあんたはここから生きては出られないんだからな」
 男は猛烈な勢いで私にのしかかってきたが、そんなことで私を捕まえることなどできるはずもない。私は男を蹴り飛ばして仰向けに倒すと馬乗りになった。男は激しく抵抗したが、サイボーグ兵をはねのけることは生身の人間の力では不可能だ。
 私は短いソードを作ると男の首に近づけた。
「そうね、この遊びのお代はあなたの命で払ってもらうわ」
 男は顔色をみるみるうちに変え、泣きだしそうな声で懇願した。
「た、助けてくれ!」
「そんなセリフはもっと前に、政府に言うべきだったのよ」
 私はそのままソードを頚部に降ろした。動脈からの血がほとばしり、私の身体に返り血が付いた。レーザーによる肉の焦げた臭いが鼻をつく。胴体から離れた男の首の目はかっと見開いたまま恐怖の表情で固まっていた。これを見れば普通の状態ならば発狂寸前だろう。しかし、良心ががんじがらめにされている今の精神状態では恐怖も罪悪感もなかった。あるのは殺戮に対する異常な昂揚感と快感だった。
「やるな、アイシャー。でも首まで切らなくてもいいじゃないか、これじゃまわり中血だらけだ。後で防衛隊が驚くぜ」
 戦闘のさなか、フィリシーはあきれた顔で言ったが、私の心には動揺一つ生まれてはこなかった。
「罪のない人々を殺してきたヤツらだもの。これでも手ぬるいくらいよ」
「ま、やることやってくれれば俺としちゃ文句はないけどな」


 狭い管制室での戦いは10分とたたずに終わった。残っているのは私たち5人だけ、空港に立てこもっていた反政府ゲリラたちは全員血の海に沈んだ。一人でも都市をせん滅出来る実力を持つセントラルチームメンバーが5人もいるのだから、当然といえば当然の結果だった。
 私はぼんやりと、死者ばかりのこの現場を見ていた。自分でも驚くぐらいなんの感情もわいてこなかった。達成感も疲労感もない、ただ全てが終わった、それだけだった。
 全員の死亡確認を終えたレナモンが言った。
「それじゃ、防衛隊に連絡をいれておきます」
 ジェシェアが連絡を取っている間、私たちはこの現場をぐるりと見渡した。無惨な姿となったゲリラたちの死体が散乱し、床も壁もドス黒くなった血がこびりついている。
「ちょっとやりすぎか?防衛隊や地元の警察が腰をぬかさないといいけどな」
「お前が派手にやったからだろう、フィリシー。これじゃセントラルチームの評判はますます悪くなるばかりだ」
「おいラヌエラ、言っておくがな、オレは一撃必殺派だぞ。今回これだけ斬りまくったのはアイシャーだ。普段は戦闘なんて嫌だと言う割に、初陣でこれだもんな」
「…なんだ、気づかなかったのか」
「? 何をだ?」
 しばらくして、任務完了の連絡を受けた防衛隊が再び乗り込んできた。彼らは管制室の惨状を見ると一瞬声を失った。防衛隊員は近接戦になるソードなど武器に使わない。蜂の巣になった死体は見慣れても、バラバラになった死体に驚くのは無理のない話だ。
「後、よろしく。よし、帰るぞ!」
 フィリシーの声が聞こえた時、私はふっと意識が軽くなったような感じがした。自分が何をしていたのかずっと分かってはいたが、急に自分を取り戻したような感覚だった。
「ちょっと、何よこれ!」
 フィリシーがきょとんとした顔で言った。
「何って、オレたちがやったんだろうが。お前もやれば出来るんだな、驚いたよ」
「やったって、こんな大勢の人たちを!」
 手や身体に付いた血を見て、私は気も狂わんばかりの恐怖を感じた。
「あの首切ったヤツとか、脳味噌でてるやつとか、派手に立ち回ったのはアイシャーだろ。忘れちまったのか?」
 フィリシーは壁際の椅子の上に置かれた生首を指さした。まだ血がしたたるその首とふと目が合い、私は気味がわるくなってふっと顔を背けた。しかし、これは間違いなく自分がしたことだし、そのときの光景だって確かに覚えている。でも、今はそんなこと信じたくなかった。
「うそ、人を殺したなんて、そんなのいやあ!」
 パニックになった私の身体を、ラヌエラが後ろから抱き留めて言った。
「アイシャー、これは任務だ。君はちっとも悪くない」
「なんで、なんで、あんなひどい殺し方ができるのよ!私は!」
 解放された良心が私の心に牙を立てて襲いかかって来たようだった。私の心は罪悪感にどっぷりつかってしまっていた。
「どうしたんだよ、アイシャーは」
 フィリシーは納得のいかぬ顔で、半狂乱の私を抱いたままのラヌエラに聞いた。
「アイシャーな、さっきまでダミーシステムかけられていたんだ」
「ダミーだって?」
「フィリシーだって覚えあるだろ。人間を殺戮機械に変えちまうアレだ」
「そうだったのか、気づかなかったな。オレはてっきり…」
「そうでなきゃ、平和主義傾向のアイシャーが初陣でテロリストをためらいもなく殺せるものか。ここへ来る途中だって、彼女が躊躇する所はあったじゃないか」
 フィリシーが私の前に来て言った。
「セントラルチームメンバーが作戦で敵の1人や2人殺すのは当然のことだ。アイシャーはその当たり前の事をしただけだぞ」
「そんなこと言ったって!あんなことするなんて私じゃない…」
 フィリシーは私の肩をがっしりと掴むと、私の目をじっと見て言った。
「こんなことぐらいで取り乱してどうする!自分にダミーがかけられていた、その結果どうなるかは訓練でわかっているはずじゃないか」
「わかってる、わかってるけど、でも!」
 私はなかなか自分を抑えることが出来なかった。これは疑似界やシミュレーションの中の架空世界ではない、現実の世界なのだ。私の手に付いた血は紛れもなく本物で、私は本当に実在する人間の命を自分の手で奪ってしまったのだった。


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