戦神の後継者
主な登場人物

第4章 セントラルチーム配属(その1)

 科学局日本支部から自宅に戻って1週間後、私は筑波の宇宙港に来ていた。
 筑波宇宙港は日本における月やコロニーへの定期便が出る宇宙港の中でも最大規模をほこり、ターミナルは終日大勢の客で混雑していた。
 コロニーや植民星に親戚もいない生粋の地上人の私には宇宙港など縁のないところで、中学校の校外学習で来たきりだった。それでも一度くらいは宇宙から地球を眺めてみたい、そんな希望を密かにもっていて、今日はそれがかなう。本当は嬉しいはずなのに純粋に喜べない理由があった。
 前日の朝、セントラルチームの中山技官つまり私の整備担当者から連絡があったのだ。
「突然で申し訳ないが、明日セントラルチーム本部基地へ赴任することになった。準備しておいてくれないか?」
 近いうちにセントラルチームに配属になる、そのことは科学局で聞いてはいたし、それなりに心の準備もしていたつもりだった。だがいきなり明日といわれると、さすがに驚きを隠せない。第一、何を用意せよというのだろう。
「基地側の受け入れ準備も終わったし、最新鋭のセントラルチームのサイボーグ体を持つ君をいつまでも遊ばせておくわけにはいかないだろう。筑波宇宙港の、コロニー行き搭乗カウンターの前に13時に来てくれるかい?」
 彼は私の都合などお構いなしに話を進めた。今回は司令官をはじめとする基地職員への紹介と、基本任務の説明だけだからそう長期間滞在はない。基地での生活上必要なものは全て向こうに揃っているから、宇宙港まで行くのに必要なものだけでいいとのことだった。
 たまたま明日は土曜日で授業がないからいいが、平日だったら返答に困っていたところだった。なにしろ学会の名でしばらく学校を休んでいたので、もうあまり休むわけにはいかないのだ。

 赴任の当日、待ち合わせ場所である搭乗カウンター前でしばらく待っていると、中山技官が小走りでやってきた。
「いやあ、ごめん。待った?」
「いいえ。さっき来たばかりですから」
 本当は15分程待ったのだが、つい他人に気を使ってしまうのが私の小心な所だ。
「見たところ、ずいぶん新しい身体になじんでいるじゃないか。君が手術したばかりだなんてオレが忘れてしまいそうだよ」
「なじんでいると言われればそうかもしれません。普段と変わらない生活をしてますし」
「全く、君の適応力には本当驚かされるよ。機械化率50%前後のベストレスチームクラスでもサイボーグ体に慣れるのに平均半月はかかるのに」
 あんな気持ちが悪い感覚が半月も続くなんて!もっとも通常のサイボーグ化手術はある程度生身の器官と同居させるものなので、その違和感は人工の体に脳移植した私の感覚とは別ものだろう。

 中山技官はカウンターの地上係員にIDカードを見せると、そのまま空港の搭乗カウンター脇の通路を通り過ぎてどんどん奥へと進んでいった。通常の手続きを予想していた私は、驚きながらも彼についていくしかなかった。
「どこへいくんですか?搭乗手続きもしないで」
「ああ、原田さんは国連軍専用シャトルは初めてだったね。」
「専用シャトル?」
「そう。セントラルチーム本部基地へは国連軍専用シャトルが1日2往復運航されている。さすがに普通のシャトルじゃ軍事基地に寄ってくれないからな」
「専用シャトルって、国連軍の基地から出るんじゃないんですか?」
「地上の国連軍基地は宇宙船を配備していないよ。軍の宇宙港はすべて宇宙空間に建設されているんだ」
 中山技官の話によると、基本的に地上部隊の守備範囲は地上に限定されるため、テロリストに宇宙船を奪取されるようなリスクを負うわけにはいかないそうだ。そのため国連の職員は文官武官問わず、地球軌道上の施設やコロニー、月都市に行く必要のあるものは最寄りの宇宙港から出る専用シャトルに乗ることになっているらしい。
 専用機だなんて、まるでVIPになったようだ。宇宙航行の民間シャトルにすら乗ったことがないのに国連軍のシャトルに乗るなんて、以前の自分なら胸を踊らせていただろう。ゼミの飛行機マニア君に話したら、きっと嫉妬されるに違いない。
 しかし、今の私はもはや基地見学に行く一般市民ではなく、「関係者」である。これから連れていかれる行き先を思うと、緊張はいやおうなしに高まってくる。

シャトルに乗り込むと、中山技官は1枚のカードを私に手渡した。
「これが君のセントラルチームIDカード。それがないと基地に入れないから、無くさないでくれよ」
 カードには私の写真とコードナンバーなど色々書いてあったが、肝心の名前がなかった。
「私の名前はどこです? ほら、中山さんのはちゃんと書いてあるのに」
「名前? ああ、これこれ。アイシャーってあるだろ」
「何ですか、それ」
「セントラルチームでの君のコードネーム。あとで総務からいろいろ聞くと思うけど、基地内では実行部隊のメンバーをコードネームで呼ぶことになっている。君のことを原田さんって呼べるのも、基地に着くまでだから」
「別に本名で呼んで下さっても構いませんけど」
「軍事機密保持の一環だから、こればっかりはオレにはどうすることもできないよ。誰が決めたか知らないけど、そんなにおかしくはないと思うけどな。」
「中東の人みたいですよ。私、日本人なのに」
 身体を取り替えられた上に名前まで変えられてしまうとは思いもしなかった。
(アイシャーかあ、けったいな名前を付けられたもんだわ。アンドロイドのように番号で呼ばれるよりはましだけど、なんか今までの自分を否定されるみたい。もっとも、今までの私じゃないか…)
 とりあえずカードはバッグの中にしまっておいた。胸に付けないといけないのだろうが、正式に辞令を言い渡されないうちにつけるのもなんだが気が引ける。それにシャトルの中は他の基地勤務の人たちも乗っているのだ。いずれ知られることになっていても、まだ自分がサイボーグだなんて知られたくなかった。
 シャトルはそれからしばらくして離陸を始めた。宇宙船は離陸のGが強いと聞いていたのだがたいして感じなかった。やっぱり機械の身体だから?と思ったが、隣の中山技官も他の乗客もそんな苦しそうでもないし、シャトルはそんなことはないのだろう。さすがは国連専用機である。 
 窓をのぞくと地表はどんどん遠ざかり、雲を突き抜け真っ青の空間をさらに上昇していく。そして、とうとうあの青い球となって私の目の前に広がった。
「うわー、地球だあ! すっごく綺麗!」
 本当に自分が今宇宙にいる、そう実感できる瞬間だった。私は窓ガラスにへばりつきながらどんどん小さくなっていく地球をずっと眺めていた。山中技官はシートベルトをはずし、大きな背伸びをして言った。
「やれやれ、ようやく大気圏も抜けたし、あと2時間くらいで着くよ。もっとも、君はもうシャトルを使うことはないだろうけど」
「え?もしかしてもう地球に帰れないとか言うんじゃ…」
「そんなことはないよ。君はテレポートが出来るじゃないか、それを使えば一瞬さ。うらやましい話だよな、本当」
 そういえば、瞬間移動ができる、そんなことを聞いたような気がする。しかし、まだためしてみたことはなかった。

 シャトルは安定航路に入った。しばらくは席から離れても大丈夫なわけで、くつろぎ始めている人も多かった。ベルトを外して立ってみるとふわふわした感じがする。これがうわさの無重力というやつだ。何かにつかまらないと身体が浮いてしまいそうだ。
「原田さん無重力はじめて?シミュレーションとかしたことない?」
「スペースワールドで遊んだくらいで。おっと!」
「初めてなら大変だろうけど、そのうちバランサーが働いてくるから気にならなくなるから大丈夫さ。それに君の身体は外宇宙仕様だから、数十分くらいならそのまま外にだって出られるよ。やってみる?」
 中山技官は窓を指さして笑った。私は外の暗黒の宇宙空間にぐっと息を飲んだ。宇宙服を着た宇宙遊泳だってしたことがないのに、いきなりそのままでも出られると言われても半信半疑だった。
「いえ、まだいいです…」
 つまり私は生命維持装置のついた宇宙服を着なくても宇宙遊泳ができるということか、うまいこと出来ているものだと感心しながら機内をうろうろしていた。席に戻る途中でふとバランスを崩し、一人の男性にぶつかった。
「あっ、ごめんなさい」
「おっと、お嬢さん大丈夫かい?気をつけておくれ」
 男性はさして気にもせず去ろうとしていたが、中山技官を見つけると声をかけてきた。
「なんだ、中山じゃねえか、久しぶりだな」
「おう山下か、地上に降りていたのか。休暇だったのかい?」
 男性は技官の知り合いのようだ。
「まあね。でも明日からまた仕事さ。そのお嬢さん、見かけない人だけどおまえの彼女?」
「残念ながらそうじゃないんだ。今日からセントラルチームに配属になるんだよ」
「新人さんかあ。俺整備部の山下、よろしく。」
「どうも。原田です」私は彼にかるく会釈をした。
「部署はどこなんだい?新人がくるなんて聞いてないけど、お前のとこ?」
「いや、技術部じゃないんだ。聞いたらきっと驚くぜ。」
「お前が連れてきているのに技術部じゃない?もったいつけないで教えろよ。」
「別にもったいつけてるわけじゃないけど、ただ…」
「なんだよ、セントラルチームなんてただでさえ女性が少ない所なんだから、男としてはぜひ知りたいな。」
 山下氏は私ににっこり笑いかけてきたが、ふっと表情が硬くなった。
「まさか…おい中山、ちょっとこっち来い」
 彼は中山技官の腕を引っ張って、後ろの座席の方に連れていった。
「なんだよ」
「ひょっとして彼女、サイボーグなのか?首に制御リングつけているじゃないか」
「さすがメカニックは見るところが違うな」
「確かお前、このあいだ新メンバーの初期調整に行くって言っていたよな。まさか今度配属になる実行部隊のメンバーって…」
「あのお嬢さん。用ってそれが聞きたかったのか?もう席に戻るぞ」
 山下は驚きを隠せず、戻ろうとする中山を引き留めて言った。
「ちょっと待てよ。それって本当かよ!冗談だったらきつすぎるぞ」
「同僚に冗談を言っても始まらないだろ。後で正式に紹介があるだろうけど」
「ったく、科学局はいったい何を考えているんだ。ベストレスチームならともかく、セントラルチームクラスの戦闘サイボーグに女性を巻き込むなんて!」
「科学局に罪はないよ、軍から依頼されれば断れない。それにサイボーグ体適応に男女の差はないことくらい知っているだろ」
「そりゃ知っているけどな」
「第一、女性はレステリアだっているじゃないか」
「あの人は特別だ。軍神アテナと一緒にしたら彼女がかわいそうだぞ」
「だったら彼女だってかなり特別だぜ。手術した翌日にはもう初期フォーマットを始められたし、1回システムダウンさせられたけど、一通りの教育プログラムには耐えたぜ」
「教育プログラムって、あの修羅地獄の疑似界に彼女を放り込んだのか? あれは実際の戦闘をかなり誇張しているから精神をおかしくするって聞いたぞ」
「それはオレ達のような、並の適応力しか持たない人間がやればの話だ。そりゃ最初は抵抗あったけど、潜在意識下の彼女の好戦性には驚いたよ。戦闘プログラムどんどん入るんだ。全課程の半分は終わったし、ちょっとした暴動だったら今の段階でも十分戦える実力はあるはずだぜ」
「中山、いったい彼女をなんだと思っているんだ?玩具じゃない、人間なんだ。お前はあの素敵な笑顔を見せる彼女を冷酷な戦闘マシンにする気か!」
「酷い事は重々承知している。だけどそうでもしないとこれから軍人になる彼女は生きる事を許されない。俺だって嫌だけど、死なせたくないんだ…」

 

 窓の外を見ると大きな円筒形の建造物が見えた。筒状の構造物を中心としてドーナツ状部分が二つ連なっている。
「やっと到着だな。あれがセントラルチーム本部基地だよ」
 真っ暗な宇宙空間に浮かぶその基地はまるでSF映画のワンシーンのようで、私は窓からの景色に釘付けになった。誘導ビームに沿ってシャトルはゆっくりと基地の中へと進んで行く。もう逃げられない、覚悟を決めないとな、そう思った。
 シャトルはようやく港に到着した。筑波の民事用宇宙港とは違い、軍事基地らしく様々な軍用艦が停泊していた。同じ研究室にいる艦船マニアの渡部くんが見たら涙ものだろう。見たことのないような大型戦艦を目の前にして、私も少し昂揚してしまった。
「こんなすごい宇宙基地なんて! カメラ持ってくれば良かった」
「これから頻繁に来ることになるからそのうち飽きるよ。それに、一応基地だから写真は遠慮してくれよな。君だって軍人だし、軍事機密は守ってくれないと」
「はい…」
 中山技官の注意はもっともなことで、私は自分のうかつさを恥じた。軍事組織に属するということは、それだけで多くの機密に接する機会があるわけで、自分の「機密」だけ認識していればよいというものではないのである。
 私たちは港を出ると、中央エレベーターに乗り基地の奥へと向かっていった。基地はゆっくりと回転をして人工的に重力を作り出している。そのため、軸部にあたる港では無重力だが、円筒の周辺にあたる中央エリアに来るとそこは重力があった。やはり、地に足が付いている感じはあったほうがいい。
 歩いている間、基地のあちこちで多くの人が働いるのを見たが、その雰囲気は普通のオフィスとあまり変わらないように見えた。
「なんかあまり基地らしくないですね、ここ。本部だって言うからもっとおっかないところかと思っていました」
「初めて来る人はみんなそう言うよ。この辺は管理エリアだから、ほとんどの人間は国連の事務職員か技術者でね。指令室あたりだったら基地の感じはするかもしれないけど。セントラルチーム本部基地といえども作戦行動に関わる人間は全体の10%程度だから」
「そんな少ないんですか。」
「実際の作戦遂行はチームメンバーだけで十分おつりがくるよ。君はそのメンバーの1人だから、まだ分からないかも知れないけどすごい能力をもっているんだぜ」
「じゃあ、どうしてこんな立派な基地を構えているんですか?」
「セントラルチームっていうのは、軍事組織の体制をとってはいるけれど実のところは科学局の研究成果の壮大な実現場ってところなのさ。大きいものは核融合炉から、小さいものは人体に埋め込むマイクロマシンまで、それはあらゆることをやっているよ。だいたいオレだって科学局からの出向でここに来ているんだし」
「地上で実験をやると不都合なことでもあるのですか?」
「地上だと環境基準のクリアなどで実験が制限されるんだよ。宇宙空間なら地上よりはるかに基準が緩いから、実験がやりやすいんだ。それに、軍事施設の中なら開発計画も外にもれることはないし」
 セントラルチームの存在といい、開発の進む軍事技術といい、もしかして国連は軍拡の道を進むつもりなのではないだろうか。大きな外敵が存在するわけでもないのに、一体何のために。中山技官もこれ以上のことは把握していないらしく、何も教えてはくれなかった。
 港から歩いて10分ほどしたところで、閉鎖された隔壁の前にでた。中山さんは足を止め、振り返って私に言った。
「ここからは軍の中枢部、許可のない一般職員は入れないエリアだ。もちろん君はフリーパスだし、オレだって君の担当技官として一応許可はもっている。」
 彼は自分のIDカードをさし込み、暗証番号を押した。番号は毎日変わるので確認が必要なのだが、例外として、この先のエリアに勤める人のカードはマスターキーになっているのでそのまま入れることになっているとのことだった。
 隔壁が重々しく開いた。いきなりここは緊張感のある軍事エリアだった。中山技官は廊下の突き当たりのドアを指さして言った。
「あそこが司令官室。君を司令官に会わせればオレの役目も一段落というわけだ」
「司令官ってどんな人ですか?」
「それは会ってのお楽しみ。国連軍の司令官連中の中では、結構有能な人だとオレは思うね」
 とうとうここまで来てしまった。本当に疑似界のような扱いをうけるのだろうか、私は不安でたまらなかった。
 中山技官はカードを入れてインターフォンをとった。
「技術部の中山です。アイシャーさんをお連れしました」
 彼は初めて私をアイシャーと呼んだ。ここは基地なのだから、私はもう『原田さん』ではない。ドアが静かに開いた時、私の緊張はピークに達していた。宇宙に出るのも初めてなら、軍隊の中枢にくるのも初めてだし、ましてや司令官に会うなんて私の人生のなかでは想像すらしていないことだった。
 奥に座っていた50歳代くらいの欧米系白人男性がこちらに顔を向けた。
「ごくろうだったね。中山君は勤務に戻りたまえ、報告は後で受けるとしよう」
「はっ、失礼します。」
 中山技官が行ってしまうと、急に私は心細くなってしまった。司令官は席を立ち、私のすぐ近くにまで来た。
「は、はじめまして。原田です、お世話になります」
「国連軍セントラルチームへようこそ。私は当基地の司令官を勤めているヒューラ・ライズだ。そんな緊張しなくてもいい、そこに座りたまえ。」
 ライズ司令の声は思ったより穏やかで優しい声だった。この人が私の上司になるのかと思うと少しほっとした。彼はファイルをめくると、私の顔をじっと見た。
「ハラダ ショウコさん、だね。本日をもって国連軍セントラルチームの戦闘要員とする。ナンバー014、コードネームはアイシャー。以後、これが君の通称で勤務中の本名使用は厳禁となるのでそのつもりで」
 司令官は私に近づくと、そっと首のリングをはずしてくれた。
「窮屈だっただろう、ここでは思いっきりその能力を発揮するといい」
 彼はその後、秘書をインターフォンで呼び寄せた。一人の女性が大きな袋を抱えてやってきた。
「はじめまして、アイシャーさん。秘書のフロリタです。じゃ早速ですけど、これから基地の職員に紹介するので制服に着替えていただきます」
 私はぽんと一着の服を手渡された。ぽかんとしている間にも、彼女はいろいろまくしたてた。そして、フロリタ女史に隣室に案内されて、そこで着替えるはめになった。
「じゃ、まず服は全部脱いでくださいね」
「全部?下着も?」
「あなた、サイボーグなんだから身体から分泌物でるわけじゃないし、別にいらないでしょ」
 彼女の言うことはもっともだった。たしかに機械の身体では汗をかくことないし、排泄行為をすることもない。しかし、だからといって生まれてこの方ずっとしてきた下着を着る習慣を急にやめられるものではない。そんな気持ちもおかまいなしに、彼女は有無を言わさず私を素っ裸にしてしまった。そして、私の裸体を見るなり感嘆の声をあげた。
「まあ、きれいねえ。さすがファン博士の設計よね、まるで芸術品のようだわ」
「あんまり見つめないでください。恥ずかしいです…」
「まぁご謙遜。こんな立派な身体を独り占めするなんて、ずるいわよ」
 それなら自分がこの身体になればいいのに!と思ったが声には出さなかった。おそらく自分もこんな機会があったらまじまじと見てしまうに違いないということに気づいたからだ。
「えっと、じゃこのアンダーウエア着て、その上にこのスーツね」
 フロリタ女史はまるで着せ替えのように次々と着せていった。用意された制服は身体にみごとにぴったりして、その時は不思議であった。後になって思えば、サイボーグ体のデータは基地に全てそろっているのだから、制服のサイズを合わせることなど雑作もないことだったのだ。
「それが基本戦闘スーツです。実際出撃のときはいろいろ装備がありますけど、それは後日装備部から説明があります。普段基地内にいる時はこの上に上着を着ていて下さいね」
 着替え終わると、彼女は満足そうに私を眺めた。
「まぁアイシャーさん、よく似合うわー。ほら、鏡見てごらんなさいよ」
 彼女に促されて、私はそばの鏡に写った自分の姿を見た。
(うわあ、いかにもサイボーグ兵っていう格好。しかも妙にはまっているし)
 そう思った瞬間、ふっと鏡から目をそらしてしまった。これから兵士として扱われる自分を認めたくなかった。この鏡に映っているのは<原田晶子>ではなく、<アイシャー>なのだから。
 フロリタ女史は私が着てきた服をきちんと畳みながら言った。
「でもねえ、ここのメンバーの人たちって私服だったり、スーツの上にTシャツ着たりとか勝手なことばかりしているのよ。もう、最強の戦士たちなのに子どもっぽいんだから。アイシャーさん、まねしちゃだめよ」
 彼女には悪いが、たぶん私もそうするだろう。でも、制服を嫌うなんて軍人らしくなくておもしろい人たち!
「IDカードあるかしら? 中山さんから渡されたと思うけど」
「ええ、持っていますけど」
 私はバックからカードを取り出した。
「そう、それ。上着の左ポケットの上に付けておいてね。そうじゃないとここは大所帯だからどこの部署の人間かわからなくなるのよ。ま、チームメンバーの人は少数だし、みんなすぐに顔を覚えてしまうからなくても大丈夫だけど、一応ね」

 再びライズ司令官の前にでた。これでどこから見ても私は立派な国連軍の軍人なのだが、本当はめちゃくちゃ恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいだった。
「あの、一つ聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
「なんだね」
 最高責任者なら、私の心に引っかかっていることの真相を知っているかも知れない。あの、学会の日のことを…
「サイボーグ手術を受けさせるために、私を撃った男のことですが。」
「ああ、そのことか。君を科学局に引き渡すまでは情報局の仕事なんでね、詳しいことは私もよく分からないのだが、何か気になることでも?」
「その人、私の知り合いなんです」
 司令官はデスクからファイルを取り出し、しばらく読んでから言った。
「アシツカエイジとかいう者のことかね?」
「ええ、そうです」
「彼は情報局のエージェントだが、何か問題があるのかい?」
「えっ!?」
 英次自身がエージェントだったとは!私は意外な事実に驚いてしまった。私を殺すことが仕事だと言ったのはこのことだったのだ。
「対象人物と接触するときはなるべく相手に警戒心を抱かせないようにするのが鉄則だから、それで君と顔見知りの彼が選ばれたのだろう。だが、君を仮にでも撃たなければならないことに、彼もさぞかし悩んだのではないかね。で、彼のことを今でも恨んでいるのかい?」
「いえ。彼がやらなくても、別の誰かが私を撃つでしょうから」
「そうだろうな。健康体を持つ普通の人間がサイボーグ手術におとなしく従うとは思えない以上、仕方あるまい」

 しばらくして、次々と男たちが司令官室に入ってきた。チームメンバーの面々、いわば私の同僚となる男たちだ。特殊部隊なのだからさぞかし屈強な戦士たちぞろいかと心細くしていたのだが、意外にもタイプはばらばらだった。欧米系からアジア系と系統も様々なら、印象もそれぞれ違っていた。
「新メンバーを紹介する。アイシャーだ、よくしてやってくれ」
 指令はそのあと一人ずつメンバーを紹介していった。心から歓迎という雰囲気ではないが、拒絶される空気はなかった。
(これからあの男たちと一緒に戦っていくのかあ。大学だって男ばかりだから大丈夫だとは思うけど、女だからって仲間はずれにされたり無視されたりしないかしら。あたし結構弱虫だから足引っ張って迷惑かけちゃうかもしれないし…)
 いろんな不安がわき起こる。初めての所に来れば誰だって不安はあるだろうけれど、こればかりは先が予想できなかった。極端なことを言えば、戦闘に投入されれば明日にでも死ぬ可能性だってあるわけなのだから…。
「フィリシー、前に出ろ」
 ライズ司令官は1人の白人男性を私の前に出した。
「アイシャーにはフィリシーと組んでもらう。フィリシー、彼女が慣れるまで大変だろうが面倒を見てやってくれ」
「了解」
フィリシーは感情のない声で短くこたえ、私の顔をちらりと見た。にらまれたような気がして一瞬私は身体をこわばらせた。握手でもしてもらえるのかと思ったのだが、フィリシーは私に対しては何も言わなかった。

 対面の後、フロリタ女史に居住区域まで案内してもらった。居住区域は港とはちょうど反対側にあり、地上とほぼ同じ重力と気圧が保たれている。彼女は歩きながら私に話しかけた。
「アイシャーさんって軍人志望でした?」
「いえ、別に」
「でしょうね。そうだと思ったわ。あなたみたいな温和そうな人ってあまり軍隊にはいないものね。来たばかりでまだ何も分からないと思うけど、どう?生身の身体から地球最強の力を手に入れた感想は」
「感想って、わたし…」
 彼女の問いに答えられるわけがなかった。身体は薬でめちゃくちゃになり、それでこの身体になった。最強と言われても、その力で利益を被ったことなどまだない。むしろ、生身の身体への執着心が強く残っているのだから。
「ご免なさい、残酷な事を聞いてしまって。正直に言ってもいいのよ、もとの身体の方がいいって」
「…」
「さっきメンバーのみんなに会ったでしょ、本当は心根の優しいいい人達ばかりなの。他人の痛みがわかるような人をわざと選んで戦闘行為をさせるなんて、国連軍本部も残酷よね」
 国連軍関係者にこんな優しい言葉をかけてもらったのは初めてだった。私は急に胸に込み上がるものを覚え、足を止めた。
「アイシャーさん?」
「フロリタさん、ちょっとすいません」
 私はフロリタ女史の背中に顔を埋めた。そして、彼女にしか聞こえないくらいに、小さな小さな嗚咽をあげた。フロリタ女史はしばらくそのままじっと私の気持ちを受け止めてくれていた。

 居住区に入ってすぐ、ある部屋の前でフロリタ女史は足を止めた。
「ここがあなたの部屋よ。どうぞ、入って」
 部屋のなかはさほど広くはないが、今まで住んでいたアパートと比べればかなり広い面積を有していた。情報端末とベッドなどの寝具、一通りの家財道具はそろっていた。一般兵士であればこうも気前良く用意してはもらえないだろう。待遇的には将官並みだとフロリタ女史は言った。
「勝手に使ってもいいんですか?」
「もちろんよ、あなたのプライベートルームですもの。私物を持ち込んでも構わないわ」
 彼女は部屋の設備についてひととおり説明した後、連絡があるまで自由だと言い、帰っていった。急にがらんとした部屋が身にしみて、私はベッドの上にそのまま横になった。
(セントラルチームかあ、国連軍最強特殊部隊の一員だなんてなんかうそみたい。学校の体力テストだって万年最下級だし、こないだ争田さんと組んでやった対戦ゲームだって下手っぴいって怒られちゃったのに…。あのころはまだ生身でさ、ほんの半月前のことなのに遠い昔のような感じがする…)
 以前の身体の頃の思い出なんて思い出しても辛いだけなのに、あふれ出してきてしまって止まらなかった。

 ふと、部屋のインターフォンの着信音がし、声が聞こえた。
「アイシャー、いるかい!基地見学に行こうぜ」
 どこかで聞いたような青年の声だった。私はドアを開けた。
「やあ、アイシャー。お休みのところ失礼」
 私と同じ年代ぐらいの欧米白人系とアジア系の男が2人立っていた。
「え、えっと、あなたはたしか…」
「僕は君と同じメンバーのラヌエラ、こいつはフィリシー。そろそろ暇だろうと思ってさ、よかったら基地内をまわってみないかい?」
 意外にも同僚メンバーが私を訪ねに来てくれたのだった。アジア地区フィリピン出身だというラヌエラはやや無雑作な髪をした少年の面影を残した陽気な男だった。フィリシーとは気の合う仲で、パートナーになるアイシャーとも仲良くしなきゃ駄目だと、フィリシーを引っ張ってここに来たとのことだった。
「誘ってくれてありがとう。でも連絡あるまで待っていないと…」
「大丈夫、どうせ電脳経由だからどこにいたって頭のなかに入ってくるさ」
 ラヌエラにせかされて、フィリシーがぎこちなく握手を求めてきた。
「地獄の1丁目、セントラルチームへようこそ。心から君を歓迎するよ」
 ぶっきらぼうに見えた彼の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。フロリタ女史が言っていたように、チームメンバーといえども普通の人間と変わらないということなのだろうか。
「ありがとう。でも地獄はちょっと嫌だな」
 ラヌエラがぽんと私の背中を叩いて言った。
「地獄の住人はそんなこと言わないもんだ。結構おもしろい所だぜ、ここは」


日常への復帰目次セントラルチーム配属(その2)