戦神の後継者
主な登場人物

第1章 別離(その2)

 確か私はあの時、激痛と大量出血で気を失い、そのまま死んでもおかしくない状態のはずだった。まだ頭はぼんやりとしているが、どうやら天国にも地獄にも行かずにすんだようだ。
(ここは病院? 誰が助けてくれたんだろう)
 どのくらい眠っていたのだろうか、時間の感覚がまったくない。それどころか窓もないこの部屋では、今が昼なのか夜なのかも分からなかった。
 一人の男性が私に近づいて来た。どうやらここのスタッフらしい。彼は何も言わず小さなライトの光を私の目に当てた。急に強い光が入ってきたので、私は目をぱちくりさせた。
「よし、視覚系統は正常に働いているな。名前を言えるかい?」
「はらだ・・・しょうこ。ここは?」
「音声認識も異常なし。ようし、成功だ!」
 周囲で歓声の声が上がっている、何があったのだろう。中年の男性が優しく私に話しかけた。
「心配しなくてもいい、ここは科学局日本支部だ」
「でも、確か銃で撃たれて…」
「確かにあと5分遅ければそのまま天国行きだったよ。ただ君をこの世に引き戻すためにね…」
 彼は私の手にそっと自分の手を置いて、一呼吸おいてから言った。

「君は、サイボーグになった」

「サイボーグって、えっ? 今、何て…」
 たしかに重傷は負ったには違いないにしろ、そんな馬鹿な話があるわけがない。現在の社会で機械体を持つのは、怪我や病気で身体の一部を失った者以外には、国連軍に属する軍人と、海洋・惑星調査隊のクルー、特殊技能職に、あとは金持ちの道楽ぐらいなものだ。莫大な費用がかかるうえ、人道上問題視されつつあるサイボーグ手術は、どこの誰だか分からない者に気軽に行うような代物ではないのだ。
「化学銃で撃たれただろう。君の身体は内部から破壊されて、もう使い物にならなかった」
「でも、だからって、そんな…」
「君は何も心配する必要はないよ。意識が回復すればもう安心だ。私は今回のプロジェクトの責任者の出水、よろしく」
 彼に聞きたいことは山ほどあった。しかし疑問の洪水で言葉がまとまらず、結局私は出水氏に何も聞けないまま、彼はスタッフ達に後の処置を指示してこの部屋を出ていった。

 何もかも訳の分からない状態であったが、あんなにひどかった激痛はすっかり治まっていた。身体を起こそうとすると、技師の一人に止められた。
「いくらなんでも動くのはまだ早いよ。接続した神経系が人工体に慣れていないからじっとしていた方がいい」
「私に一体何をしたのよ。サイボーグってどういうことよ!」
 周囲のスタッフたちは、私のいうことなど聞いてはいなかった。大半は無視していて、数人が迷惑そうな顔をしていただけだった。
「ねえ、黙っていないで教えて!」
 いくら叫んでも彼らは耳すらも傾けてくれなかった。しびれを切らした私は、警告を無視して身体のあちこちにつながっているコードをずるずる引きずりながら上半身を起こした。その弾みで何本かのコードが身体から抜けたが、すると今まで感じたことのない感覚が体中を駆けめぐり、それ以上動かすことは出来なかった。
  確かに目は見えるし、耳だって聞こえる。しかし、以前とは感じ方が微妙に違う。現実的な肉体感覚がないのだ。まるで魂が見えない空間に閉じこめられていて、そこから外を意識しているような感じだ。 
(なんて感覚なの、これは…)
 急に胸をかきむしりたくなるような気分の悪さに襲われ、私はまたベッドに倒れ込んだ。それに気づいた技師があわてて駆け寄ってきた。
「何をしているんだ!」
「ちょっと身体を起こしたくて…」
「手術が終わったばかりだぞ。まだ無理だと言ったじゃないか」
 彼は再び私の身体にコードをつないだ。気分の悪さはだんだんと薄れていった。
(本当にサイボーグになったのかな。だからあんなひどい状態だったのに生きているんだ。でも、そんなばかなことって!)
 私は横になったまま手を見つめた。昔事故で残った傷跡、爪の形、少し赤みを帯びた色、どう見ても見慣れた自分の手だった。
(これのどこが機械だっていうのよ。悪い冗談だわ!)
 私はスタッフたちが席をはずしたわずかの時間を狙って再び身体を起こした。今度はコードを外さないようにそっと起きたせいか、気分の悪さはさっきほど激しくはなかった。
  手術の痕跡がないか確認しようと手術着の下の裸体をのぞいた。撃たれた時の傷跡が残っていないことに驚いたが、跡を残さず治療する技術はそう珍しいことではない。
  何も変わっていない、普通の人間の身体だと安心したそのとき、私の目は左肩に刻まれた文字に釘付けになった。
『UNF081690725 CENTRAL TEAM NO.014』
「UNFっていったら国連軍? まさか、そんな!」
 特殊用途のサイボーグ体には必ず所属先と製造番号が身体に刻まれる、誰でも知っていることだ。そして私の身体には国連軍セントラルチームの文字と番号が刻まれていた。擦ってみても、つまんでみても刻印は消えない。これは医療用の再生体ではない、本当の意味での人工体であることのなによりの証拠だった。
(私はもう、生身の身体じゃない…)
私は薄い毛布をかたく握りしめて、必死で心の動揺を抑えようとした。パニックになったところで、状況は悪化するばかりだからだ。
(ほとんど死ぬところだったんだから、助けてもらっただけでもありがたいって思わなくっちゃ。それに惑星探査クルーになるつもりだから、いずれサイボーグ手術はうけなくちゃならないし、それがちょっと早くなったって思えば…)
 懸命に自分に起こったことを納得させようとしたが、駄目だった。あまりにも理不尽な仕打ちにとまどう思いばかりあふれてくる。
(国連軍になんて志願していないのに、どうして手術されているのよ。それにセントラルチームなんて…まさか、あの噂に聞く特殊部隊!?)
 国連軍セントラルチームは国連軍の中でも最新技術の粋を集大成した、人類最強の特殊部隊だ。地球はおろかコロニーや植民惑星まで活動範囲が及ぶ国連軍の兵士は半数以上がサイボーグ体を持つが、セントラルチームに限ってはその過酷な任務のために戦闘要員は身体のかなりの部分を人工体に改造されているという。彼らは秘密のベールに包まれた戦闘のプロ中のプロの集団なのだ。 
 私のような、特殊能力もないごくありふれた普通の人間に、そんなところからお呼びが来るとは到底思えないのだが…

 覚醒してから1時間が経過した。身体は相変わらず様々なコードに繋がれたままで、私はぼんやりと天井を見つめることしかできなかった。その間にも周囲の装置は私の身体の様子を刻々と記録し続けている。
 しばらくして、モニターをじっと見続けていたスタッフの一人が私に言った。
「そろそろ君の神経系統もその身体に慣れた頃だろう。起きてごらん」
 ゆっくりと身体を起こすと、彼は私の身体からコードを一つずつ抜いていった。縛られていたような感覚が少し和らいだ。私は首筋のコードがついていたあたりをさぐった。異質な感触がした。
(やっぱり電脳化されてる。そんな気がしたんだよな)
 本来軍事技術の一つであった、メイン端末機から有線もしくは無線で脳と直接つなぎ、視覚を介さずに情報をダイレクトに脳に取り入れる電脳システムは、今や一般大衆にかなりの割合で普及していた。一般ビジネスマンですら取り入れないと出世にひびくと言われ、学校では不真面目な学生が試験の違反行為に使ったりする。ネットワーク上の世界「擬似界」はもはやもうひとつの現実とまで言われるようになった。
 だが、脳に電子機器を埋め込むのに抵抗のあった私は、時代遅れだと言われながらも今までなんとなく導入を避け続けていた。それなのに身体そのものが機械化してしまった。こんな事になるのなら電脳だけの方がまだましだった。
「ちょっと立ってごらん」
 赤ん坊じゃないのだから立つぐらい簡単、のはずだった。足を降ろして床に付けた瞬間、またあの異様な感覚が襲い、私はバランスをくずしてベッドに座り込んでしまった。
 生体脳からの命令に人工筋肉が上手く反応しないせいか、立つだけでずいぶん時間がかかってしまった。しかし立っているのは確かなのに肉体的感覚を感じない。まるで他人の身体のようだ。
「なんだ、もう立てるようになったのかい?これは驚いたな」
 先ほどの主治医出水氏が部屋に入ってきて、技師に尋ねた。
「彼女の具合は?」
「あと2時間もすれば神経系統の接続が終了するでしょう。こんな早く適応する人間なんて初めてです。さすが適応率98%の人間ですね。」
「それはいい。後は初期フォーマットと基本訓練をするだけだな。思ったより早く彼女を基地に送ることが出来そうだ」
 初期フォーマット?基地? 私は出水氏に尋ねた。
「あの、私の身体って…軍用なんですか」
 出水氏は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を元に戻し、穏やかに話した。
「もう少し落ちついたら話すつもりだったのだが、気づいてしまったか」
「肩に刻印がありました。サイボーグって一体どの程度まで私は機械化されているんですか!」
「君が気になるのももっともだ。原田さん、ちょっとこの画面を見てくれ」
 彼は端末を操作すると、ある精密機械の図面を呼び出した。
「これが何だかわかるかい。」
「ヒト型アンドロイドの透視写真みたいですが…」
「これは君自身の身体だ。」
「え?」
 私は目を疑った。私の知っている人間の内蔵・骨・筋肉のたぐいがいくら目をこらしても見つからなかった。脳と脊髄のようなものが唯一確認できた。
「そんな、どう見たってほとんど機械じゃないですか」
「信じられないのも無理はないが、君の身体は90%機械体なのだよ。君に残されているオリジナルは脳と脊髄、主要神経のみだ」
 彼の言うことが信じられなかった。いや信じたくないというのが本当の気持ちだった。私の生身の部分は脳だけ?あとはみんな機械?あまりのことの大きさに言葉がでなかった。髪の毛1本から足の先まで全てが作り物、感覚が異様に感じられたのも、思うように身体を動かせないのも当然だった。肉体が機械体になったために、今までの脳への刺激伝達パターンが変化したせいだ。
「フル規格の人間のサイボーグなんてまだ実用化されてないはずじゃないですか。それに人道上問題があると聞いていますけど」
「倫理面はともかく、軍事用では数年前から実用化されていたんだ。もちろんこれは重要機密扱いだがね」
「軍用でも、そんな機械化率9割のサイボーグなんて!」
「国連軍特殊部隊のセントラルチーム、その戦闘メンバーにとっては普通、いや前提というレベルのことだ」
「じゃ私は…」
「セントラルチームの一員になるということなんだよ」
 悪魔のような存在と噂されるチームに、まさか自分が組み込まれることになろうとは。しかも、そのために私は20数年間保持してきた自分の肉体を失うことになってしまったのだ。
「どうして、どうして私の身体をみんな奪ってしまうんですか!」
 私は出水氏の白衣をぐっとつかんだ。しかし、力が入らないのでますますいらだちがつのるばかりだった。
 彼は動揺もせず、静かに言った。
「人の身体はいくら鍛えても生物としての限界がある。さらに、生存可能区域は非常に限られてしまう。あらゆる環境で着実に任務を実行するためには有機体部分との結合部を極力減らす必要がある。軍にとっては人間の脳を持つ機械が理想的だ。よほどの致命傷でないかぎり繰り返し戦線に投入でき、かつ人間の柔軟さと機械の正確さの両方を持ち合わせることは普通の兵士では無理だからね」
 出水氏の話は私にとっては悪夢としか言いようがなかった。軍部は最強の兵器を造るために私を選び、人間の本質を司る脳を奪って兵器の身体に移し替えたのだ。
「もうやめて! だから、何で、何で私なのよ!」
 私は思わず病室からとびだした。無駄と分かっていても何もかもから逃げ出したかった。自分に降りかかった現実を受け入れられるほど、鋼の精神なんかもってはいなかった。
 しかし慣れない身体のせいもあって思うように走れない。陽が差し込んでくる廊下でスタッフ達に追いつかれ、捕まった。
「事実を受け入れろ。現実から逃げるんじゃない」
「戦闘用サイボーグなんていや、戦争なんて行きたくない! 元の身体に戻してよ、私の身体を返して!」
 うずくまったまま、立つことができなかった。泣いてわめき散らしたかったのに、それすら出来なかった。そう、泣くことはもう出来なくなっていたのだった。
 私は行きどころのなくなった感情で一杯になった心を抱え、周囲のスタッフ達を見上げた。
「恐がらなくてもいいよ。今の君は世界最強の戦士なんだから」
「そんなこと言われたって、私…」
 格闘技の経験もないうえに、事前に何の説明もないまま訳の分からない身体にされて戦士だなんて言われても、とまどうばかりだった。ただ不思議なことに、しだいに気持ちは落ちついてきた。錯乱してもおかしくない状況なのに。
 出水氏は、私を取り押さえていたスタッフに言った。
「手をはなしたまえ、そろそろ精神安定機能が働いているはずだ」
 彼は私の手をとると、そばのソファに座るよううながした。私はいわれるまま、彼に従った。嫌な気分はなくなったが、なにもかもうつろな感じだった。
「驚かせてしまったようだね。ろくな説明もせずにあんなものを見せてしまって悪かったと思っている。生身でない自分を見せつけられるのは誰だって嫌なものだ。気分はどうだい?」
「私が改造された訳を教えて下さい。軍用サイボーグ手術なんて、理由ナシでやるものじゃないはずですから」
「そうだね、君自身のことだから話しておいてもいいだろう。では私の部屋へ行こうか」
 出水氏が私の手を引いて行こうとすると、周囲の所員が詰め寄ってきた。
「彼女と二人きりなんて、大丈夫ですか?誰か他の者も一緒に」
「彼女のプライバシーだ、誰も来なくていい。用があればこちらから連絡する」

 
 私は出水氏から自分についての驚くべき事実を聞いた。
 私の神経系統は98%の高確率でサイボーグ体と適応すること(普通の人間は60%〜70%、女性だと生殖機能の影響で男性より若干落ちる50%前後が平均であるのにもかかわらず)。そして潜在戦闘能力が特殊部隊が要求するレベルにあること。自己コントロール能力の高さ、もろもろの点を密かに調べられていて、国連軍が私をセントラルチームメンバーに指名したこと。私を逃がさないためと極力拒否反応を起こさせないためにあんな罠をかけ、いったん死に追いやったこと。セントラルチームは超軍事機密ゆえに適格者に知らせることも、手術承諾の有無の確認も必要ないとされていること。
 つまり、私はその適格性ゆえに数年前から目をつけられており、私を手術室へ連れていくのに余計な騒動をおこさないために、科学局で行われる学会に私を招待する形をとったということだ。もし私が学会に不参加だとしても、軍部は別の手をうつだけで、どのみち私にはこの運命から逃れる選択肢は用意されていなかった。
「もとの身体にはもう、戻してくれないんですか?」
「ベストレスチーム以下なら一定の任期が過ぎれば生身に戻る制度があるが、セントラルチーム級になるとかなり難しい。君には申し訳ないのだが、君の戻るべき肉体は存在していないし、脳自体にも高度サイボーグ体を制御するための電子補助脳が組み込まれている。たとえ肉体を用意することは出来ても、それを外すことは不可能だ」
 私はさきほど見せられた図面を思い出した。複雑に脳や神経にからみついた電子神経系統、それはもはや私の一部というわけだった。

 軽くノックの音がしたかと思うと、カジュアルな服装の男性が入ってきた。彼は出水氏に挨拶をすると、私の側にやってきた。
「はじめまして。原田晶子さんでしたっけ、科学局最高峰のサイボーグ体はお気に召しましたかな?」
 私はこの無神経な男のセリフにむっとして言った。
「気に入るわけないじゃない! 一体何の権利があって人をこんな身体に!」
 出来れば食ってかかりたい気分だが、身体は制御装置に繋がれたままだったので力も行動範囲も制限されており、目の前の男すら張り倒すことは出来なかった。
 不機嫌な私を見ながらも、彼はにっこり笑って手を差しだした。
「元気がいいのは結構だが、あんまり怒ると脳の血管がぶちきれるぞ。俺はセントラルチーム技術士官の中山、よろしく」
 私は差し出された手にとまどったが、どうやら悪い人ではなさそうだ。主治医が簡単に彼を紹介してくれた。
「中山氏は君の身体の微調整に来てくれたんだ。セントラルチームにおける君の担当技官というわけさ」
「私の担当?じゃ本当に私はセントラルチームに入ることになるの?」
「そういうこと」
 中山氏は私の頭の先から足先までさっと眺め、振り返って出水氏に話しかけた。
「話には聞いていたけど、本当に女性をサイボーグにしちゃったんですね。俺は今まで女でセントラルチームメンバーになるなんて、レステリア特別隊隊長だけかと思っていましたよ」
 レステリアって誰だろう。セントラルチームメンバーというならやはりサイボーグなのだろう。しかも特別な。私にはそのレステリアって人に並ぶくらいのサイボーグとしての素質があるってことなのだろうか。
「総司令部からの意向だからね。こんな一般市民のお嬢さんを巻き込むなんて、軍の上層部連中は何を考えているのかわからないよ。とにかく、彼女の身体の設計調節にわざわざ科学局本部からファン博士にきてもらったくらいだから、原田さんにはかなりの期待がかかっていることは間違いないと思う」
 出水氏の口からファン博士の名前を聞くやいなや、中山氏の顔が宝物を発見した子どものように紅潮した。
「あのファン博士が来日しているのか!そりゃぜひお会いしたいな。今どちらにいるんだい?」
「残念ながら、さきほどお帰りだ」
 イリア・ファン博士の名前は私も聞いたことがある。ニューヨークにある科学局本部に勤務する有名なサイバネティクス医師だ。彼女の論文を読む限りでは、たしか彼女は医療用の人工体を造るのが得意なはずだし、人工体の軍事用途に関する反論も書いている。その彼女が何故軍に関わっているのだろう。
「彼女も忙しい人だからな。だけど、設計者本人が最終調整も立ち会わないで帰るなんておかしいと思うんだが」
「実は…」
 出水氏は私に遠慮したのか、中山技官を部屋の隅に誘い小声で話した。それでも狭い部屋のこと、とぎれとぎれだが話の内容は私にも聞こえてくるのだった。
「ここだけの話にしてもらいたい。実はファン博士はサイボーグ体の基本設計が完成するまで、被験者が一般市民しかもまだ学生の女性だと知らなかったらしい」
「サイボーグになってしまえば性別はあまり関係ないですからね。俺だって昨日初めて知ったくらいだし」
「それで罪悪感に襲われてしまってね、体調を崩してしまったんだ」
 ファン博士は普段からサイバネ技術の軍事応用には強い不信感をもっていただけに、自分がそれに荷担してしまったことが心の重荷になったたのだろう、中山氏はそう推理した。
「そんな訳で、セントラルチームから直接整備担当者に来てくれるよう、急きょ要請したんだよ。休暇中のところ、申し訳ないな」
「気にしないで下さい。休暇中の呼び出しなんて、セントラルチームではよくあることです」
 中山技官は振り返って私をじっと見た。
「それにしても、拒絶反応も精神障害もないようだ。ここでのセントラルチームクラスの手術は初めてだと聞いたんだが大成功じゃないか」
「彼女の適応体質に万歳というところさ。ただ、ときどき強烈に反抗されるから気を付けたほうがいいぞ」
「さっきのきついお言葉でよく分かるよ。手術直後だっていうのに、反抗出来るくらい元気があるんだから、大したご婦人だ」
「チームの方でも、このことは想定内だったんだろう? 適合条件の厳しいメンバーに推挙するくらいだし」
「制御システムに自我を飲み込まれて人形になってしまうよりははるかにマシさ。もっとも、彼女の覚醒があと少し遅かったら、もう少し休暇を楽しめたのだがね」
 技官はくすくすと軽く笑った。もちろん冗談で言ったことで本気ではない。
「ところで、もう初期フォーマットは始めるかい?一応予定では2日後だが」
「この調子なら今日にでも始めても大丈夫だと思いますよ。原田さん、これからちゃんと動けるようにするからね。君はきっと最高の戦士になれるよ」
「そんなのしてくれなくても結構ですっ!」
「やっぱり気が進まないか。戦闘兵器になるようなものだから気の進むヤツなんていないだろうけど」
 インターフォンの連絡を受けたスタッフは技官に話しかけた。
「電脳室(サイバールーム)の準備出来たそうです」
「OK、じゃ行きましょうか、アテナのお弟子さん」  
 戦いの女神・アテナ、確かに私は弟子入りをしたようなものだ。かなり気は進まないけれど。


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