戦神の後継者
主な登場人物

第1章 別離(その1)

 21世紀後半になっても民族紛争や国際テロ、環境保全などの諸問題は解決の糸口をみせることはなかった。各国は局地的な連合体制を敷いて対処しようとしたが、国同士の利害がぶつかり問題は混迷を極めていた。これらの難問題を解決すべく、国際連合が半ば強行的にとった政策が世界の統一である。
 統一前には200余の独立国家が地球上に存在していたが、統一後は「アジア区」(旧東・南・東南アジア諸国、ロシア地域)、「ヨーロッパ区」、「アラブ・アフリカ区」(旧西アジア、アフリカ諸国)、「アメリカ区」(旧南北アメリカ諸国、オセアニア諸国)の4つの大区が創設され、従来の「国」はいわば州として地方自治権のみが与えられるようになった。

 統一国家を成立させた人類は、科学技術を集約させ人類の舞台を地球外へと求めた。22世紀初頭に月や地球周辺に建造したスペース・コロニーにおいて地球上とほぼ同じ生活が可能となると、さらに離れた火星など他の太陽系惑星周辺へと進出していった。23世紀には太陽系を飛び出し、近隣の恒星系惑星に植民地を建設するまでになった。
 しかし、これら植民地星の自然環境は一般的に地球の温暖気候に比べるとはるかに厳しく、移住した人々は食料生産等に苦しい生活を強いられていた。フロンティア精神に溢れた彼等はそれだけであれば「新しい星の歴史を作る」という大事業に誇りを持って取り組むであろう。だが、植民地星に対する地球の支配は彼等に自由を許さず、物資供給地として資源等の搾取を行った。このような地球政府の対応により人々は不満の種を増幅させていったのである。
 紛争やテロは地球内では激減したものの、地球外の植民地星では増加の一途をたどった。ある意味これは国連の宇宙開発計画のミスと言えるのであるが、国連は自らの計画の落ち度を認めず武力でもって鎮圧させる方法を選んだ。

 地球外での紛争やテロを終結あるいは未然に防ぐために、国連軍統合本部直属特殊部隊として創設されたのが「セントラルチーム」である。

 

 

 目が覚めると、そこは見覚えのない白い天井があった。聞こえるのは医療機器のかすかな電子音と数人の人の声だけだった。音のする方に顔を向けると、ガラス越しに白衣を着た数人の人が見えた。
(ここ、どこだろう…)
 ひとり男性がこのガラス張りの部屋に入り、私をのぞき込んだ。
「おはよう、ようやくお目覚めだね。気分はいかが?」
 まだ頭の中がぼんやりしていて、自分がどうしてこんな所にいて、この状況にあるのかわからなかった。
(たしか、学会で東京に来ていたんだ。それで偶然中学校の時の担任と足塚に出会って、それからどうしたんだっけ…)

 4月、城東大学生体工学科の学生である私は、人工体機能学の研究集会に出席するため一人上京した。場所は国連科学局日本支部内の会議室でメイン・テーマは機械と生命体のハイブリッド分野についての研究会だった。
 科学局は国連が管轄する、最先端科学技術開発を担う研究施設である。本部はアメリカにあり、日本支部ができたのはほんの数年前である。理科系の学生なら9割があこがれる日本科学の殿堂で、私の所属する研究室でもここで働きたいと思っている者は多い。
 今回の集会は医療関係者向けで、学生会員は参加できない類のものだったが、何故か大学に私宛の招待状が届いた。しかも招待状は学会事務局どころか、国連科学局そのものからだった。
 一介の学部学生に過ぎない私にとは何かの間違いかと疑ったが、あえて深く追求はしなかった。なにしろ、あこがれの科学局で最先端の成果を知ることができるのだ。間違いだろうとなんだろうと、行かない手はないだろう。
「城東大の原田晶子です」
 受付係の若い男性は招待状をみて、そして私の顔を見た。
「原田晶子さん…?」
 彼の表情が一瞬変わったような気がした。やはりこれは何かの間違いじゃないのだろうか、私は不安になった。だが彼は何も言わず、分厚い大会要項を手渡した。
 受け付けを済ませてからというもの会場内で妙な視線、誰かにずっと見張られている様な気がして仕方がなかった。研究発表の内容も出来の悪い学生の私には難しくて、何がなんだかさっぱりのまま、午前中の部が終わった。

 休憩時間に中庭に出てみた。知り合いは誰もいないし、周りは第一線の研究者や医者ばかりで一介の学生の私は非常に肩身が狭いのだ。
 ぼおっとベンチに座っていると声をかけてくる者がいた。
「やあ、原田じゃないか。久しぶりだね」
 驚いたことに、声の主は中学時のクラス担任渡部則夫だった。そして隣に当時クラスメイトだった足塚英次がいた。当時の彼は大人顔負けの身長を持っていて、全校生徒全員が集まった中でもかなり目立っていたのだが、それからはあまり変わっていないように見えた。
「お久しぶりです。先生も学会に来ているんですか?」
「ああ。知り合いが参加しているんでね、ちょっと挨拶にでもと…」
 2人とも微妙に落ちつきのない様子を見せていたが特別気に止めなかった。彼らが何に気をかけているのか、そんなことは私には関係のないことだから。
「原田は今学生?」
「ええ、城東の工学部で生体工学科にいます」
 私はちょっと照れながら言った。夢多き中学生時代は惑星探査調査員になりたいだの大きなことを言っていたので、大学生という比較的平凡な現状をいうのが恥ずかしかったのだ。
「時代の最先端じゃないか、たいしたものだ。学会に参加しているということは、何か発表でもするのかい?」
「とんでもない、私なんてまだまだですよ。今回は聞くだけです。先生はどうなさっています?」
「いまでも一介の体育教師だよ。にぎやかにガキどもと格闘中さ」
 先生の無愛想な物言いは相変わらずだった。私は先生のそばにいる懐かしい同級生にも話しかけた。
「足塚君はもう社会人?」
 私自身2年ほど浪人して大学に入学したので、彼が社会人である可能性は高い。
 私の問いかけに彼はうつむいたまま何も言わなかった。私は彼に何か悪いことを聞いたような気がして、あわてて言った。
「言いたくなかったら別にいいよ。ごめん」
「お、俺は……」
 何か言いかけてきたか思うと、彼はいきなり走り出して私の背後に立った。そして私は背中に何かを突きつけられたような感覚を覚えた。
「動くな!いいか、そのままじっとしていろ、絶対振り向くな!」
 足塚くんは何の前触れもなく、低い声で私にこう命令した。
「ちょ、ちょっと、新手のギャグ? 冗談はやめてよ」
 私はてっきりジョークかと思っていたが、渡部先生が青ざめた顔で叫んだ。
「足塚やめろ! やはりこんな事をしてはいけないんだ!」
 先生は何か知っているようだったが、私には何が起こっているのかさっぱりだ。
「悪いが原田には死んでもらう。俺もこんなことをするのは嫌だが、仕事でね」
「死んでもらうって、何馬鹿なこと言っているのよ!」
「俺は本気だ!」
 おそらく英次が何らかの武器を私に突きつけているのは確かなようだった。思い当たることは何もなかった。そもそも、英次に会うのは本当に数年ぶりなのだ。
「私が何をしたって言うの?英次に何かひどいことをした?」
「原田に個人的なうらみはない」
「だったらどうして殺されなきゃならないわけ? 先生、なんとか言ってよ」
 助けを求めても、彼は顔を背けるばかりでなにもしてはくれなかった。安全装置をはずす金属音が聞こえた。
「助けを求めたって無駄だ。いいかげん堪忍するんだな」
「この場所は国連の施設よ、こんなところで殺傷事件を起こしたらどうなるかわかっているの? すぐに警察に捕まるわよ」
「それはどうかな。原田を撃っても俺たちは警察には捕まらないことになっている。あんたの死は国連軍の要請なんでね」
  国連軍! 私は軍に狙われるような、反政府活動もテロにも関わった覚えはなかったし、知り合いにもそんなことをする人間はいない。それだけに、英次の言うことはにわかには信じられなかった。
「何を言ってるの。軍が一般市民の命を理由なく奪うはずがないじゃない!」
「一般市民か、今はそうだろうがな」
 銃を持っているということは、英次は国連軍関係者なのだろうか。それとも軍の名前を語った通り魔に成り下がったのだろうか。
「信じようが信じまいが、それは原田の勝手だが、非がなくったって殺されることはあるんだぜ」
 どうして殺されなければならないのだろう。確かなのは、自分が死の縁に立たされているという事実だけだった。
「私を殺すなんて、国連軍はいったい何をするつもり?」
「そんなこと、これから死ぬ人間が知る必要はない」
 彼は、はき捨てるようにそう言った。
「英次、私がこのままおとなしくハイそうですかって命を差し出すなんて思っているの!」
「思わないからこそ、こんな姑息な手を使うしかないんだよ!」
 彼の声はわずかに震えていた。英次は私を殺すことに動揺している、これは彼本心の行動ではないような気がした。英次は昔から喧嘩っ早い男だったが、理由も無しに他人を傷つける男ではなかった。
「そろそろ時間だ。生まれ変わることを楽しみにすることだな」
「英次、あんたって…!」
 後ろに振り向こうとした瞬間、身体に強い衝撃が走った。英次が引き金を引いたのだった。一瞬に数万ボルトの電気が身体を貫通したかのような鋭い感覚。そしてすぐに強烈な痛みが全身を襲い始め、私は立っていられずにうずくまった。
 英次が急所を外したおかげで即死は免れたが、長い死への苦しみを味わうことになった。出血がひどく止まらない。胸を押さえていた手は鮮血に染まり、何度も血を吐いた。このままでは出血多量で死んでしまう、それくらいのことは素人の私でも分かる。
「お、お願い、だから、救急車を…」
 英次は冷たく言い放った。
「救急車なんていらない。こいつは化学兵器だ、即効性の劇薬が弾に仕込まれているからな、原田はもう助からない。その前にご希望ならとどめをさしてもいいが」
 彼は銃口を私に向けたまま言った。
「そんな、どうして・・・わ・・わたし・・が・・・・」
 激痛のなかで、だんだん意識がもうろうとしてきた。身体が少しずつ動かなくなっていき、何も見えなくなった目の奥で光が点滅する。ゆっくりと、そして確実に死の足音が忍び寄ってきているのだ。
「これで終わりだ。じゃあな、原田」
「お願い・・・助けて・・・・・まだ死にたく・・ない・・・・」
 銃声がもう一発響いた。その瞬間、私の意識はとぎれてしまった。


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